存在の耐えられない軽さ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-3)
Set against the Prague Spring and its aftermath, the novel follows Tomas, Tereza, Sabina, and Franz as their relationships expose the tensions between love and freedom, chance and responsibility. Through the paradox of lightness and weight, Kundera probes what it means to live a life that happens only once.
Work Information
What do we carry, and what do we let go of, in a life lived only once?
One of Milan Kundera's defining novels, the book layers love, betrayal, politics, bodily experience, and philosophical reflection across Prague, Geneva, Paris, Thailand, and the United States. It follows its characters' choices with elegance and restraint, leaving a deep aftertaste that has kept it in print as a modern classic.
Review Summaries
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Its bold premise and philosophical digressions give the love story unusual force. Some readers find the dense prose and reflective detours demanding, while many see that very weight as part of its lasting appeal.
Book Information
- Publisher
- 河出書房新社
- Published
- 2008-02-09
- Pages
- 390 pages
- Language
- 日本語
- Size
- 13.7 x 3.2 x 19.7 cm
- ISBN-13
- 9784309709437
- ISBN-10
- 4309709435
- Price
- 4000 JPY
- Category
- 本/文学・評論/評論・文学研究/外国文学研究/フランス文学
妻か愛人か、仕事か思想か、人生は常に選択を迫る。 優秀な外科医トマーシュは女性にもてもて。しかし最初の妻と別れて以来、女性に対して恐怖と欲望という相反する感情を抱いている。彼は二つの感情と折り合いをつけ、複数の愛人とうまく付き合うための方法を編み出し、愛人たちとの関係をエロス的友情と呼んで楽しんでいた。そんな彼のもとにある日、たまたま田舎町で知り合った娘テレザが訪ねてくる。『アンナ・カレーニナ』の分厚い本を手にして。その時から彼は、人生の大きな選択を迫られることとなる──「プラハの春」賛同者への残忍な粛正、追放、迫害、「正常化」という名の大弾圧の時代を背景にした4人の男女の愛と受難の物語は、フランス亡命中に発表されるや全世界に大きな衝撃を与えた。今回の翻訳は、クンデラ自身が徹底的に手を入れ改訳を加えて、真正テクストと認めるフランス語版からの新訳決定版である。 〈ぼくがこの作品を選んだ理由 池澤夏樹〉 静かな生活に政治が暴力的に介入する。満ち足りた日々は抑えきれない欲望に乱される。派手なストーリーに人生についてのしみじみと深い省察が隠れている。これが現代に生きる知的な人間の姿だ。ぼくはテレザともサビナとも暮らしてみたい。
1929年、チェコ生まれ。「プラハの春」以降、国内で発禁となり、75年フランスに亡命。主な著書に『冗談』『笑いと忘却の書』『不滅』他。 1944年生まれ。東京外国語大学名誉教授。著書に『小説の思考――ミラン・クンデラの賭け』など、訳書にクンデラ『存在の耐えられない軽さ』『冗談』『小説の技法』、ユゴー『レ・ミゼラブル』など。
Reviews
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日常必需の文学とは
映画を鑑賞後に通読。 小説のテレザとサビナは、 映画でのキャラクターとはやや違うと感じられた。 テレザの母親との葛藤などが、 映画では省かれていたため、 実際のクンデラ氏の令室を写真で見るまで、 得心出来ないままだった。 サビナは、作者の友人で実在の人物がモデルのため、 レナ・オリンがこのモデルの女性に会わずに役作りをした点が残念でならない。 実在の人物を演じる場合は、 想像だけで演じては真相が描けない可能性が高く、 観る側に違和感となってしまい、 読解に混乱が生じるのだと思う。 サビナは、恐らく独特の冷気のオーラがある女性だと私は感じている。 それは、軽薄や冷淡とは些か色合いの違う、 自立心と諦念や諦感に端を発する、 サビナの行動原理の気配である。 二人とも個性の反映とは謂え、 それしか出来ない仕様がないといった、 ある種切羽詰まった生き方が描かれていると感じた。 訳者西永良成氏による解説は、 日本人読者の私には有意義で、 読書を充実したものへと導く優れたものだった。 とりわけ、〈小説と音楽的統一性〉は必読。 クンデラ氏の父親がヤナーチェクに師事した著名なピアニストであり、 後にヤナーチェク音楽院院長を務め、 クンデラ自身も幼少時から音楽教育を受け、プラハの音楽芸術大学を卒業 。 小説の文体や構成に音楽的素養が反映されているとWebでは紹介されていた。 読後一年後に、山上浩嗣氏の大阪大学授業動画を視聴。 作品の梗概を再度見直し、 キッチュという言葉の指している事象も改めて理解し直した。 Web上のインタビュー記事で、 山上浩嗣氏はフランス文学の特徴を述べていた 。 “「一言で言うと、『正義を語らない』ということですね」 悪、愚かさ、滑稽な姿から、ありのままの人間を語る。” 今まで、フランス文学との高い親和性は、 亡き実父がフランス語の言語学者だったからだと思っていた。 しかし、息子と社会問題に巻き込まれて、 否応なく人間の負の相に直面し、 身を置くことを数年余儀無くされた事で、 フランス文学と繋がって行った事は、 当然でもあったのだ。 フランス文学作品の鑑賞は、 心身の健康の維持のために、 意識して積極的に行ったものだった。 選ぶ時は、出会いのままであり、 直感的だった。 それは、ストレス過多から鬱の進行を食い止めるためだった。 産後うつから回復した一つの主眼は、 作家村上龍氏の隻句、 “うつは、心身の深い疲れによる”であった。 正確な文章は、約17年前にドイツの邦書店にて試し読み時の邂逅ゆえ、 残念ながら手元にない。 奇しくも、心療内科医ではなく、 小説家の言葉が回復に向かわせてくれたのだ。 精神科は「言葉の医学」と言われている事を知った直後だったと記憶している 。 深い人間理解の仕事が、癒したのだ。 そして、絶望からの復興が生活の主要となっている今、 村上龍氏の言葉と再会した。 深く傷ついている状態では励ましや慰めを受けつけないと謂った、 ツィート上の言葉である。 大学の文学科が統廃合で少なくなってきた現在、 山上氏のような動画は、大変有益であり、 大局的には、日本の美質が活性化されて国力へ寄与すると、 私は信じている。 各人の趣味嗜好に左右されるが、 文学による陶冶や涵養は、 人生の前・後半を問わず、 常に必要である。 音楽は既に療法として確率されている。 文学も精神の糧であるから、 心の医食同源と言っても差支えないかもしれない。 アルカンジェロ・コレッリArcangelo Corelliの誕生日(1653年2月17日)に。
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こちらの方が読みやすいと思います
映画と原作、どちらも素晴らしくとても好きな本ですが、ずっと昔、映画が上映された後で原作を読んだ時は「読みにくい本だなあ」という印象でした。このフランス語版からの翻訳の方がだいぶスムーズに読めると思いました。原作を読むならこちらをおすすめします。
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状態の良いものが届きました
注文から迅速に 綺麗な状態の本が届きました。 梱包も丁寧にされておりました。 ありがとうございました。
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私自身の問題
知識のない自分と国語力のかけた人間。そして集中力が続かず気になり買ってみたけど中々進むスピードが 遅かった本。。 わかりやすい箇所と歴史が苦手な私には読み方からわからない文でくじけてた。 ほんとはとても面白い本なのは読んでてわかったけど感想を言えるまで 読みきったけど読み切れなかった。 またもう少し、レビューや解説を読んで、 時間が経ってから再度読もうと思った。
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人生のうちで何度か読み返す本
マイスタンダード恋愛小説。。 「人間というものは、ただ一度の人生を送るもので、それ以前のいくつもの人生と比べることもできなければ、それ以後の人生を訂正するわけにもいかないから、何を望んだらいいのか決して知りえないのです」 この言葉には心を打ち砕かれる響きがあるが、”だからどうする”という受け止め方はその人の解釈次第。 羅列する膨大な言葉ひとつひとつに解釈力のセンスを求められる挑戦的作品。 複雑な環境下、最後の最後に、ほんの少し癒しと救いが垣間見える時、心から熱くなる。
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補足
この本についておおまかには、みなさんが書いておられるように 難解で、哲学的で、でも途中で読むことを放棄したくなるような本ではないということ。 なので、私が言いたいことはひとつ。 映画を見て、なんか心打たれたけれども、 「結局何が重くて何が軽かったんだろう」 と思ったら読んでください。 きっと、映画を見た後以上に豊かになります。
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翻訳の違いについて
集英社文庫版/河出書房新社文学全集版の翻訳の違いについて。 私は先に集英社版を読み、後に刊行された河出版にて再読しました。どちらも日本語としてごく普通に読める訳です。 書き出しを例にとると: 集英社:「永劫回帰という考えは秘密に包まれていて、ニーチェはその考えで、自分以外の哲学者を困惑させた。われわれがすでに一度経験したことが何もかももう一度繰り返され、そしてその繰り返しがさらに際限なく繰り返されるであろうと考えるなんて! いったいこの狂った神話は何をいおうとしているのであろうか?」 河出:「永遠の回帰というのは謎めいた思想だから、ニーチェはこの思想によって多くの哲学者たちを困惑させた。いつかすべてが、かつてひとが生きたのと同じように繰りかえされ、その繰りかえし自体もさらにかぎりなく繰りかえされるなどと考えるとは!この奇想天外な神話は、いったいなにを意味するのか?」 上記でもうっすらとそうなのですが、新訳(初出オリジナルのチェコ語ではありませんが、真正テクストたる仏語からの訳)に当たる河出版では日本語自体にリズムがあり、文体を楽しむことができる文章だと感じます。 集英社版では、「彼女の」とか「この」「その」等、人称を含む代名詞が少しばかり多いのが気にならないでもないのと、例えば女性器を「デルタ」と古風な婉曲表現をする等の突っかかりがちょっとだけありました。それに対して河出版ではこのすぐれた物語を、リズミカルで流麗な文体とともに味わうことができるように感じます。 もちろん、集英社版が読みにくいとか日本語的に問題がある、等は全くないです。 まずはこの傑作をどちらの訳でもいいのでぜひ味わってほしいですが、もし懐にちょっぴり余裕があるならば河出版を個人的にお勧めします。また、集英社版で読んだ方も、この作品が気に入ったのであれば河出訳に手を出してもよいと思います。
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秀逸なタイトル
タイトルそのものが、この小説の真髄であるように感じる方は多いのではないだろうか。 内容はとても哲学的であるにもかかわらず、難解さや読みにくさはほとんど感じられなかった。 存在の耐えられない軽さとはなんだろう? 徹頭徹尾、疑問符をつけたタイトルが頭から離れなかった。 自由を封じられた共産圏にいたからこそ、 本来は自由という軽さには、 無条件の賛辞が献上されもいいような気がするのだが、 耐えられないという形容詞は、相当に否定的だ。 自由と言う軽さは、 実は相当な代償を含むものであり、 一体いかなる代償かという問題は、 主要な登場人物に付託されて、なぞ解きが進められていく。 自由の代償を支払うのを嫌い、 妥協と共に束縛と言う重さを引き受ける事情は、 人それぞれに異なるものである。 現実世界を振り返っても、 ほとんどの人物は、自由を棒に振り、 束縛と言う重さを自ら選択しているのではないか? という重たい余韻が残った。