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アルバート・フェイシー

アルバート・フェイシー

Arubāto Feishī

別名: Albert Barnett Facey / A. B. Facey
ペンネーム: A. B. Facey出版時のペンネーム

プロフィール

性別
男性
生誕
1894-08-31 (ビクトリア州メイドストーン)
死没
1982-02-11 (西オーストラリア州ミッドランド) 87歳
国籍
オーストラリア
言語
英語
居住地歴
ビクトリア州メイドストーン → 西オーストラリア州カルグーリ → 西オーストラリア州ナローギン → 西オーストラリア州ウィケピン → 西オーストラリア州パーシモア → 西オーストラリア州トゥアートヒル

経歴

職業
作家, 農夫, トラム運転手, トロールバス運転手, ボクサー, 軍人, 平和判事
活動期間
1902年〜1958年
所属
パース・トラムウェイズ組合, パース道路委員会
所属団体
パース・トラムウェイズ組合会長, 地方自治体議員
ノミネート
1981年オーストラリア人賞ノミネート

受賞歴

ニューサウスウェールズ州首相文学賞(ノンフィクション部門)
1981
対象作品: 幸運な人生
部門: ノンフィクション
主催: ニューサウスウェールズ州政府
結果: 受賞
全豪書籍協議会賞
1981
対象作品: 幸運な人生
主催: 全豪書籍協議会
結果: 受賞

受賞・候補エディション

作品

代表作

幸運な人生

1981年 自伝 403ページ

厳しい幼少期、第一次世界大戦での従軍、家族生活、農作業などの波乱に満ちた人生を描いた自伝。

逆境レジリエンスオーストラリア開拓者精神戦争の恐怖
映像化・舞台化
  • [テレビミニシリーズ] 幸運な人生 / Trevor Lucas (1985)

全著作

  • 幸運な人生 (A Fortunate Life)

翻案

  • A Fortunate Life テレビミニシリーズ (1985)

作風・主題

文体
シンプルで直接的な文体口語的自伝的語り口
頻出モチーフ
幸運と不幸の対比家族の喪失労働の厳しさ

健康

  • 心臓病
    1915年頃~1982年
    第一次世界大戦中の心臓の問題で帰国、1958年に大心臓発作で引退
  • 股関節骨折
    1981年頃
    車椅子生活を強いられる
  • 視力低下
    晩年
    書籍出版直前に視力を失う

評価・遺産

『幸運な人生』は100万部以上売れ、オーストラリア文学の古典となり、テレビ化された。彼の家屋は観光地となり、多くの施設が彼の名を冠する。

記念館・博物館

  • アルバート・フェイシー農場屋敷 西オーストラリア州ウィケピン

資料所蔵先

  • 西オーストラリア大学図書館特別コレクション

大衆文化への影響

  • 1985年のテレビミニシリーズ『幸運な人生』

豆知識

  • 8歳から労働を始め、学校教育を受けず自力で読み書きを習得
  • 第一次世界大戦でガリポリの戦いに参加、兄弟2名戦死
  • プロボクサーとして活動
  • 7人の子供をもうけた
  • 晩年に自伝を書き、国民的有名人となった