世界・海外・国外の文学賞

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エーヴ・キュリー(エーヴ・ドニーズ・キュリー・ラブイス)

エーヴ・キュリー(エーヴ・ドゥニーズ・キュリー・ラブイス)

Ève Curie

プロフィール

性別
女性
生誕
1904-12-06 (フランス・パリ)
死没
2007-10-22 (アメリカ合衆国・ニューヨーク市(マンハッタン)) 102歳
国籍
フランス, アメリカ合衆国
言語
フランス語, ポーランド語, 英語
居住地歴
パリ(フランス) → スコー(フランス郊外、子供時代) → ニューヨーク(アメリカ合衆国、晩年)

経歴

職業
作家, ジャーナリスト, ピアニスト, UNICEF活動家
活動期間
1925年〜2007年
影響を受けた人物
マリー・キュリー(母), ピエール・キュリー(父)
影響を与えた人物
UNICEFを通じた国際的な子ども支援活動の後進
ノミネート
ピューリッツァー賞(通信部門)ノミネート(1944)

学歴

コレージュ・セヴィニェ (Collège Sévigné)
期間: 〜1925
卒業年: 1925
国: フランス
バカロレアを取得

受賞歴

ナショナル・ブック賞(ノンフィクション/伝記部門)
1937
対象作品: 『マダム・キュリー』
主催: アメリカ書店組合(American Booksellers Association)
結果: 受賞
クロワ・ド・ゲール
1944
主催: フランス政府
結果: 受章
レジオン・ドヌール(オフィシエ)
2005
主催: フランス共和国
結果: 叙勲

受賞・候補エディション

作品

代表作

『マダム・キュリー』

1937年 伝記

母マリー・キュリーの生涯をまとめた伝記。研究と家庭生活、放射能による犠牲などを描き、多くの国でベストセラーとなった。

科学者の人生家族献身
映像化・舞台化
  • [映画] 『マダム・キュリー』 / Allejandro(?) (1943)
翻訳
  • 複数言語に翻訳(英語、日本語等)

『軍人たちの旅』

1943年 ルポルタージュ/戦争紀行

第二次世界大戦中のアフリカ、旧ソ連、アジアでの取材記。現地で出会った兵士や指導者、一般市民の姿を描く。

戦争人間描写国際関係
翻訳
  • 英語で出版(原著はフランス語だが英訳あり)

全著作

  • 『マダム・キュリー』 (1937)
  • 『軍人たちの旅』 (Journey Among Warriors) (1943)

翻案

  • 『マダム・キュリー』(映画、1943年、Metro-Goldwyn-Mayer)

作品の翻訳

  • 『マダム・キュリー』は英語、日本語などに翻訳

作風・主題

文体
物語的で人間描写に富む親しみやすいノンフィクションの語り口
頻出モチーフ
家族と献身戦争とその影響科学者の日常と葛藤

評価・遺産

マリー・キュリーの娘としての立場を活かし、伝記作家・ジャーナリストとして広く知られる。UNICEFの活動に長年携わり、人道支援の促進にも寄与した。家族はノーベル賞受賞者を多数輩出したが、彼女自身は科学者の道を選ばず、文化・人道の分野で評価を得た。

資料所蔵先

  • UNICEF関連資料や一般アーカイブに所蔵

大衆文化への影響

  • 伝記や映画化(『マダム・キュリー』)による認知

引用

  • 「私はこのような素晴らしい賛辞に値しないと思うので、少し困惑しています。だが今日は本当に素晴らしい日で、長く覚えているでしょう。」
    出典: レジオン・ドヌール受章の際の発言(2005年) (2005年)
  • 「我が家族には五つのノーベル賞がありましたが、成功しなかったのは私だけでした。」
    出典: 回想・追悼の中での冗談 (2005年)

豆知識

  • マリー・キュリーとピエール・キュリーの娘で、姉はイレーヌ・ジョリオ=キュリー。
  • 『マダム・キュリー』は1937年に発表され、アメリカでナショナル・ブック賞を受賞した。
  • 第二次世界大戦中は戦地取材を行い、『軍人たちの旅』を著した。1944年にピューリッツァー賞(通信部門)にノミネートされた。
  • 1958年にアメリカ市民権を取得した。
  • 夫ヘンリー・ラブイスは1965年にUNICEFの代表としてノーベル平和賞を受け取り、ÈveもUNICEFの活動に深く関与した。
  • 2007年に102歳でニューヨークで死去した。