ナショナル・ブック・アワード
1回登壇
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第3回(1938年) 受賞
マリー・キュリーの生涯と研究を、娘であるエーヴ・キュリーが追った伝記。科学への献身だけでなく、家族としての姿や時代背景まで含めて、人物像を立体的に描き出す。
科学者マリー・キュリーの姿を、娘の視点から立体的に描く。
542ページ伝記科学史女性史
エーヴ・キュリー(エーヴ・ドゥニーズ・キュリー・ラブイス)
Ève Curie
| 学校 | 学部 | 学科 | 学位 | 期間 | 国 |
|---|---|---|---|---|---|
| コレージュ・セヴィニェ (Collège Sévigné) | — | — | — | 〜1925 | フランス |
| 年 | 賞名 | 対象作品 | 部門 | 主催 | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1937 | ナショナル・ブック賞(ノンフィクション/伝記部門) | 『マダム・キュリー』 | — | アメリカ書店組合(American Booksellers Association) | 受賞 |
| 1944 | クロワ・ド・ゲール | — | — | フランス政府 | 受章 |
| 2005 | レジオン・ドヌール(オフィシエ) | — | — | フランス共和国 | 叙勲 |
マリー・キュリーの生涯と研究を、娘であるエーヴ・キュリーが追った伝記。科学への献身だけでなく、家族としての姿や時代背景まで含めて、人物像を立体的に描き出す。
科学者マリー・キュリーの姿を、娘の視点から立体的に描く。
母マリー・キュリーの生涯をまとめた伝記。研究と家庭生活、放射能による犠牲などを描き、多くの国でベストセラーとなった。
第二次世界大戦中のアフリカ、旧ソ連、アジアでの取材記。現地で出会った兵士や指導者、一般市民の姿を描く。
マリー・キュリーの娘としての立場を活かし、伝記作家・ジャーナリストとして広く知られる。UNICEFの活動に長年携わり、人道支援の促進にも寄与した。家族はノーベル賞受賞者を多数輩出したが、彼女自身は科学者の道を選ばず、文化・人道の分野で評価を得た。
「私はこのような素晴らしい賛辞に値しないと思うので、少し困惑しています。だが今日は本当に素晴らしい日で、長く覚えているでしょう。」
「我が家族には五つのノーベル賞がありましたが、成功しなかったのは私だけでした。」