この私、クラウディウス
病弱で吃音のあるクラウディウスが、帝政ローマの宮廷闘争と暗殺の連鎖をくぐり抜け、やがて皇帝へと押し上げられていく過程を自伝のかたちでたどる歴史小説。古代ローマの権力劇を、当事者の視点から生々しく描き出す。
作品情報
弱く見えた男が、帝政ローマの中心で生き残り、記録者となる。
ロバート・グレーヴズはタキトゥスやスエトニウスなどの史料を踏まえ、クラウディウス自身の回想録という形式でローマ帝政初期を再構成する。宮廷の陰謀、家族の権力争い、偶然の生存が絡み合い、愚鈍とみなされた男が歴史の証言者へと変わっていく過程を描く。
レビュー要約
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古代ローマの権力闘争を、クラウディウスの語りの推進力で最後まで引っ張る点が評価されている。歴史資料の厚みと物語としての読みやすさが両立し、古典として読み継がれる理由が伝わるという声が多い。
書籍情報
- 出版社
- みすず書房
- 発売日
- 2001-03-16
- ページ数
- 480ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784622048060
- ISBN-10
- 462204806X
- 価格
- 4620 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/評論・文学研究/外国文学研究/英米文学
■ 2016年5月20日復刊します。定価4,536円(本体4,200円) ■ 生まれついての病身で吃音症、貧弱な肉体に足をひきずり、母からうとまれ 歴史研究にうちこみ、誰にもかえりみられなかったこの人、クラウディウス。 ところがカエサル、アウグストゥスの後継をめぐって有力候補が次々と抹殺されていく なかを、彼はひとり生きのびる。とうとう自分でさえ思いもかけない最高位に 登りつめるまで。 渦巻く陰謀、なみいる悪女たち。豪放な笑いにみちた目くるめく古代ローマの世界。 謎の多い実在の第四代ローマ皇帝クラウディウスが、ギリシア語で書いた34巻仕立ての 自伝――という体裁をよそおって、20世紀を代表する詩人・小説家・評論家・神話学者 ロバート・グレーヴズがこの書を著した。 グレーヴズ作品で日本語訳されたものはこれまでなぜか少ないが、多作な作家であり、 ことに本書は1934年の初版後たちまちベストセラーとなり各国語に翻訳されて 世界で読みつがれている。 ふたつの文学賞を受け、さらに1976年にはBBC放送が連続テレビドラマを制作し、 その後ビデオ化されて親しまれている。 1998年にランダムハウス社モダン・ライブラリーが選んだ「英語で書かれた20世紀の小説 ベスト100」や、2005年の『タイム』誌「小説100選」にも堂々入選している。 タキトゥスとスエトニウスをはじめ厖大な資料に依拠した考証の確かさは、 ローマ史専門家のあいだで定評がある。第一次世界大戦に従軍して重傷を負い、 一命をとりとめて帰還したのち作者グレーヴズ自身がたどった生涯の遍歴もなかなかに面白い。 が、なにをおいても、華麗なる傑作歴史小説の待望久しかった日本語訳なのである。
ロバート・グレーヴズ Robert von Ranke Graves 1895-1985。 ロンドン郊外のウィンブルドンに生まれ、チャーターハウス校在学中に詩作をはじめる。1914年、第一次世界大戦勃発とほぼ同時に陸軍入隊。従軍中の1916年に最初の詩集Over the Brazierを出版。 1919年オックスフォード大学セント・ジョーンズ・コレッジに入学して英文学を専攻。1926年カイロの王立エジプト大学に英文学教授として赴任するが、1年で辞任。1929年から地中海のマヨルカ島で創作活動に没頭し、 自叙伝Goodbye to All That, 1929(『さらば古きものよ』工藤政司訳、岩波書店、1999)や、本書I, Claudius, 1934とその続篇Claudius the God and His Wife Messalina, 1934、20世紀最高の愛の詩集と評価の高いCollected Poems, 1938など初期の代表作品を生み出す。ほとんど終生マヨルカ島の小村デヤに暮らし、詩、小説、評論、神話研究、随筆、伝記、翻訳、子供向け読みものなど幅広いジャンルにわたって130冊以上の著作をのこし、90歳の長寿を全うして歿する。 代表作である本書はジェイムズ・テイト・ブラック記念賞とホーソンデン賞に輝き、世界各国語に翻訳されベストセラーとなって読みつがれている。
レビュー
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血塗られた皇帝一家の記録
アウグストゥスに始まるユリウス=クラウディウス朝の権力闘争と魑魅魍魎の中で生きる人々を描く。 この物語の魅力はアウグストゥスやクラウディウスといった人々ではなく、裏で暗躍する女性達にある。 明日の生命すら保障されないローマ宮廷社会において、クラウディウスその人は息を潜めて生きていく。 ユリウス=クラウディウス朝は当初から後継者候補の不審死や憤死、暗殺、追放が相次ぎ、我々の想像力を掻き立てる。 時代の目撃者としてクラウディウスを著者としたのは上手い設定と思う シビュラの書「ローマを奴隷とする髪多き者達」、「嘗て無いほど偉大な神が誕生する」と言った予言が未来を暗示する。 ローマ史好きであれば必読。 残念ながら続編の「神、クラウディウスClaudius the God」は翻訳されていない。英国ドラマ版(1979)も非常に良くできていて、必見。 ドラマ版はメッサリーナの処断、クラウディウスの死まで描写されている。
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隠れた大作。面白すぎる
この本、有名じゃないけど滅茶苦茶に面白いです。歴史ものですけど、次から次へと事件が起こって、全く飽きる暇がない。「えええっ!この後どうなるの?!」の連続。ほとんどエンタメ小説です(良い意味で)。 ジョン・ウィリアムズの傑作「アウグストゥス」と比べて読むと面白いです。同じ人物でも描写が色々違ってて、特に、アウグストゥスの嫁のリウィアは、ジョン・ウィリアムズ本では奥ゆかしくてあまり存在感がないですが、この本では強烈な妖怪婆さんです。 極めて残念なことに、一番劇的でエキサイティングな場面で本が終わります。原著ではちゃんと続きがあるようですが、未邦訳です。誰か翻訳してください。
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第4代皇帝クラウディウスが語るユリウス=クラウディウス朝の内幕
生まれつき病弱、びっこでドモリ、母からもうとまれ周囲のだれもが目にも留めなかった五十男が運命のイタズラか、カリグラ帝を殺害した親衛隊に担がれて4代目の帝位に就く。歴史上良くも悪くもあまりに有名なカリグラ帝とネロ帝の間にあって余りぱっとしないクラウディスを主人公に据えたユニークな着眼、確かな史的考証、これらが相まって グレーヴズの浩瀚な歴史小説「この私、クラウディウス」は世界的なベストセラーとなった。優れた翻訳でこれを楽しめるのは嬉しい事である。 ロバート・グレーヴズは英国の詩人・小説家・評論家・神話学者で「アラビアのロレンス」(ロレンスは友人)、「ギリシア神話」、自身の回顧録「さらば古きものよ」などの著作がある。幼少の頃、ずば抜けて賢い姉に敬服していたし、後年アメリカ人女性の詩人とマヨルカ島で同棲生活をおくった。彼女を自身の詩的霊感の泉として尊崇したためといわれている。つまり彼には偉大な女性に対する畏敬の念が潜んでおり、そのためでもあろうか本書のアウグストス帝の妻リウイアは権力志向の、目的のためには手段を選ばぬ異常に強い女として描かれているのが特徴的である。 残念なのは、本著はクラウディウスが帝位についた時点で話が終わっており、彼がいかなる政治を行ったのか、殺害された皇后メッサリーナとアグリッピーナの登場(息子ネロを帝位につけるためにアグリピーナはクラウディウスを毒殺する)など彼の治世に話が及んでいないことである。これを補うには小著だがローマ史専門の弓削達教授に アグリッピーナ物語 (河出文庫) という優れた著作があるので併読されるといい。
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多田智満子訳であるが故に
古代ローマ史への興味という以上に、共訳者の中に多田智満子の名があるが故に、この小説を手に取る読者も少なくないはずだ。 しかし読み始めれば、主人公クラウディスは、ハドリアヌスの偉大に程遠く、ヘリオガバルスのアナーキーとも無縁な、滑稽にして英雄的なところ皆無な人物であるとわかる。 しかし物語の最後、狂騒の最中に皇帝に祭り上げられた彼は、「思弁哲学」の才には乏しいとは言え、万巻の書に通じた「歴史家」ではある。 つまり読者は、彼の健筆により、ハドリアヌスの内省にはあらず、ローマならではの残虐と退廃、戦乱と非道に満ちた歴史絵巻を、たっぷりと堪能することが出来るという次第だ。 「私は、いうなれば林檎の芯に暮らしていたのであり、それゆえ私の詳しく語るところがいまだ腐敗のおよばぬ香り高い果肉や外皮ではなく、中核の病毒についてであるとしても、それは許していただけるであろう。」 それにしても、この「病毒」が、「香り高い果肉や外皮」、つまり帝国の麗しい外貌を侵していなかったとは、にわかには信じ難い。しかし多田による必読の「あとがき」を読めば、少なくとも、この小説の作者にとって、それは偽りではないと納得が行く。 作者R.グレーヴズ、この英国の反モダニストは、その晩年に、盲目のボルヘスの表敬訪問を受けたと言うから、その文学史的重要性も、多田が翻訳の労を取ったことにも合点が行く。そして彼は「女性的なるもの」の崇拝者であり、「本質的フェミニスト」であったという。 ならば、クラウディスの祖母、あの恐るべきリウィアこそが、この小説の隠れた主役と言うべきだろう。彼女が帝国の未来図を描き、その手の内に帝国の命運はある。(全てが目論見通りとは言えずとも)彼女が築き上げた帝国の結構は完璧である。我々の前にあるのは、「歴史家」クラウディスによって暴露された、「林檎の芯」で起きた血塗られた物語。夫アウグストゥスを上回る権謀術数を駆使する怪物的悪女と、彼女を巡る魑魅魍魎達の絢爛たる物語である。
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大英帝国のユーモアで、ローマ帝国4代皇帝を振り返る傑作
ローマ皇帝を主人公にした小説としては、マルグリット・ユルスナール「ハドリアヌスの回想」と並び、そして彼女は官能と諦観で重厚な迫力を醸しだしていたが、グレ―ヴスのクラウディウスは、イギリス的な諧謔で人生と権力を描き出し、冷静な政治観察を、タキトゥスやスエトニウスとは違う観察眼で繰り広げ、より…当然ながら…男性的だが無力で、無能と見られながらも内面の分別は賢明な人物による、ユリウス・クラウディウス王朝のインサイダーからの観察となっている。 もともと塩野七生「ローマ人の物語」を読んで、クラウディウスには興味を感じた。私自身が凡人の自覚があるので、けっして自らをカエサルやアウグストゥスといった天才とも、ティベリウスのような軍人とも比較できるものとは思えない。ローマの男としてはまったく凡庸であり、政治を正業とするユリウス・クラウディウス一族では落伍者という自覚を持った人物が、いきなり50歳で皇帝を務めることになったために、常識人としての視点を持ったまま皇帝を全うした人物として(塩野七生はそこまで彼を称揚はしていないが、といって罵倒もしていない)描いていた。 これには大いに共感を抱いた。私自身がそのような場に立たされれば、クラウディウスのような立ち位置と意識で執務せざるを得なかっただろう。同じように思ったローマ皇帝は、彼のあと2世紀後のガリエヌスだった。(ガリエヌスにはかなり辛辣な評を塩野七生は浴びせているけれども) 常識人だが、常人以下としての姿勢を取らねば生き伸びることも難しい一族のなかで、クラウディウスはどう生きてきたのか…その内声を著者は「秘められた回想録を綴る」という方式で見せてくれた。 内容はタキトゥス、スエトニウスの書いていることと変わらない。しかしそれを20世紀の目で、凡人を装う、分別は冷静な常識人(ただしイギリス的なねじれたユーモアを忘れない)の目で見るとこうなる、という視点の転換の魔術の連続だった。 ・「この本は絶対に皇帝陛下のお気に召すことはありませんが、奇妙な内容の逸脱を含む12巻だけはお好みを頂けることでしょう」ティベリウスは「本を献呈することはまったく構わぬが、このような奇妙な惹句はやめてもらいたい」と言って密書が同封された12巻を手に取った。 ・近衛隊長の娘との縁談を断って数日後、息子ドルススは梨を喉に詰められた死体となって発見された。これはドルススが梨を丸のみする遊びをしていた時の事故と看破され、梨の木が犯人として伐採された(スエトニウスの記述を利用しながら、マフィアの殺人の手法を用いている) ・「カリグラは自分の事を神だと言っている。異様な発言の上に、何日も入浴していないので異様な芳香を放っている」「われら神ならぬ者には凶報だな」とガニメデスは言った。 ・・・・とまあこんな調子で、最終シーンはめでたく登極するクラウディウスは、帽子がずりさがり、即位するのか連行されるのか判らない姿だったらしかった(伝聞)と最後まで持って回ったユーモアが充満、上品な意地の悪さと観察眼に満たされた作品だった。 読んで満足できます。その上ローマ帝国にも詳しくなれる一石二鳥にして無二の、そしてケッタイな読後感を与える傑作にして珍作です。 大爆笑しながら読了しました。
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愛すべき皇帝クラウディウス
第4代ローマ皇帝クラウディウス。 生まれながら病弱で、吃音。皇帝一族でありながら皇帝の資質を全く持ち合わせていない人物がなぜか皇帝になってしまう。 強烈な個性の持ち主の皇帝やその眷族たちが敵対する人物を排除していく中で、うまく?立ち回って生きながらえた末に不本意ながら皇帝に推挙されるまでが自伝形式で語られる。なかでも祖母であり、アウグストゥスの妻リウィアの際立った悪女ぶりは、有名な悪女である前漢時代の呂后と比肩しうる。 塩野七生のローマ人の物語と再び読み比べてみる。