ヴァ-ノン・ゴッド・リトル: 死をめぐる21世紀の喜劇
高校銃乱射事件をきっかけに、無実を主張する少年ヴァーノンがメディアと司法に追い詰められていく風刺小説。ブラックユーモアを武器に、暴力を消費する社会、歪んだ報道、若者の孤立を痛烈に描く。
作品情報
笑いと暴力が紙一重で並ぶ、過激で不穏な青春小説。
テキサスの小さな町で起きた事件を背景に、ヴァーノンの逃走と陳述が次々と歪められていく過程を、猛烈な速度感で描く。挑発的なユーモアの裏で、制度や世論がいかに個人を追い詰めるかが浮かび上がる。
書籍情報
- 出版社
- ヴィレッジブックス
- 発売日
- 2007-12-25
- ページ数
- 396ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784789732369
- ISBN-10
- 4789732363
- 価格
- 1092 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/評論・文学研究/外国文学研究/英米文学
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レビュー
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お笑いだけでなく、人間の浅ましさに心が張り裂けそうになる大問題作。
2003年度のブッカー賞を受賞したオーストラリア生まれの作家DBCピエール衝撃のデビュー作です。本書は一見単純で、お笑い小説と形容もされていますが、決してそれだけではない問題作です。全部で5幕で構成されており、最初の2幕は主人公の15歳の少年ヴァーノンの放送禁止用語の連発・覚え損なった言葉の羅列に、はっきり言ってうんざりしました。警察の取調べを受けるが真面目に答えず、断片的に回想を独語しますが、登場人物のリストがないので筋が掴み難いです。ヴァーノンのママと昼間群がって噂話に花を咲かせる奥様連中のお喋りが続き、そこへ殺人事件を取材するレポーターのラリーがやって来てストーリーが動き始めます。ヴァーノンがメキシコへ逃亡した後の3幕に入ると俄然面白くなり、逮捕・裁判・判決と続いていき怒涛の勢いで最後まで一気に読ませます。本書はアメリカのコロンバイン高校乱射事件をヒントにしており、物語はメキシコ人少年が虐めにあって激怒しクラスメートを大量虐殺した後に自殺しますが、主題はそこにはなく友人の少年が寡黙な為に罪を被せられる恐ろしさにあります。著者は連想される残虐シーンを書く事に意義は認めていませんのでご安心下さい。囚人の監房をライヴ中継し、視聴者投票で当日の死刑者を決める残酷さ、証拠の決め手となった汚物をアップで新聞に載せる下品さ。小説と笑い飛ばしながら、でも我々はその一歩手前まで来ているのかも知れません。ヴァーノンはガラは最悪ですが、実は母と近所のおばさんを愛し、初恋の少女を信じて想い続け、多数の悪ガキ達に敵対し少数派のメキシコ人少年と友人になる善良な人間で、無器用な故に損をしているという事が強く印象に残りました。この本の副題を実感させるラストには賛否両論が分かれると思いますが、結局シリアスが似合わない本書にはきっと相応しいのでしょう。
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面白い
鋭く独特の感性を持ったヴァーノン君の語りは、下劣で陳腐ながらもなぜか知性を感じます。 英語の学力と知識があったら原文で読みたいです。
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悲劇/喜劇の表裏一体さ、「笑えない」という「笑い」
「私を見て苦しめ(メ・ベ・イ・スフレス)」(第五幕、副題より) 悲劇の悲劇たる所以というのが、状況に抗う人々の努力がの天の采配、時の権力、その他いろいろによって阻まれてしまう、あるいは成就しない、成立しない、そうしたシュチュエーションの中で訪れる負のカタストロフが結果的に我々の心を揺さぶるものがあるので、故に感動してしまう、というわけですが。 しかしながらヴァーノン・グレゴリー・リトル少年を苦しめる悲劇はまったく性質が異なります。彼自身のネジもところどころ緩んでいますが、輪をかけて周囲の人々のボルトは外れかかっているといってもいいでしょう。悪意は悪ふざけという体裁のまま、振舞う人々の罪悪感に一顧だに影響を与えず、紋切り型の美辞麗句を盾に徐々に徐々にエスカレートしていきます。 この小説の中に満ちているのは絶望的な状況に対する強がりであり、笑えない状況をなんとか笑い飛ばそうとするいじましいまでの努力であり、しかし最終的に力を得たはずの真実さえもが笑い飛ばす対象となっていますという残酷さです。子どもじみた誇張表現の奥に潜む心の震えを――それこそ笑い混じりで――感じてほしいところです。 訳者あとがきの中のジョイス・キャロル・オーツの筆によるところの「アンフェタミンでラリったホールデン・コールフィールド」、そんな少年の身体と心の迷走、周囲の人々の心無い暴走を描いた「悲劇」ですが、紙一重で「喜劇」となっていることに作者の良心を感じました。
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不条理な喜劇。でも一歩間違えると不条理な悲劇。
さまざまな差別、マスコミの偽善性。アメリカ(だけとは限らないが)が抱える問題を題材とした「不条理な喜劇」といった作品。好き嫌いがはっきりと分れる作品だと思う。 読み始めてすぐに「どうして登場人物のリストがついていないんだ」と言いたくなった。人間関係がわからないまま読み始めると、何度も読み返さなければならないほど筋が理解しづらい。この作品を紹介するにあたって前面に出されているお笑いも下品な表現も日本人の僕にはあまりおもしろくない。正直、第1章は読むのがつらく投げ出しそうになった。 しかし、それを過ぎると突然おもしろくなる。展開もスピーディになり筋も掴みやすい。語弊があるかもしれないがロードムービーを見ているような気分になった。 第1章あたりでは受け入れられなかった下品なお笑い的要素も、主人公ヴァーノンの置かれた状況、ほかの登場人物のキャラクターがある程度把握できてくると受け入れることができるようになり、最後まで詠み終わったときには、この下品なお笑いは、この物語の構成上必要不可欠なものだったのだろうと感じられた。 死刑判決を受けたヴァーノンの運命をどうするのか、ということに著者は相当悩んだのではなかろうかと思う。というのも、379pである登場人物が発する一言があったから、この物語は「喜劇」として成立し後日譚まで書かれているが、その一言がなくとも物語自体は成立するからである。ただし、それは「悲劇」だが。きっと、最後は著者のやさしさが「喜劇」とすることを選んだのだろうと思う。 帯にはしきりと「現代アメリカを黒い笑いの連打で駆け抜ける」「汚い表現満載のお笑い作品」とお笑いの要素を強調しているが、それだけを期待して読んでしまうとあまりにも重たい一冊。ブッカー賞受賞は伊達じゃない。
関連する文学賞
- ブッカー賞 第35回(2003年) ・受賞