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アルフレッド・ヒッチコック

アルフレッド・ヒッチコック

Alfred Hitchcock

プロフィール

性別
男性
生誕
1899-08-13 (イギリス・レイトンストーン(エセックス))
死没
1980-04-29 (アメリカ合衆国・カリフォルニア州ロサンゼルス(ベルエア)) 80歳
国籍
イギリス, アメリカ合衆国(1955年から)
言語
英語
宗教
ローマカトリック
居住地歴
レイトンストーン(ロンドン) → ライムハウス(ロンドン) → ステップニー(ロンドン) → シャムリー・グリーン(サリー州) → ベルエア(ロサンゼルス)、カリフォルニア

経歴

職業
映画監督, プロデューサー, 脚本関係(共同), テレビ司会者
活動期間
1919年〜1980年
影響を受けた人物
F. W. ムルナウ, D. W. グリフィス, ジョルジュ・メリエス, ソヴィエト映画のモンタージュ理論(エイゼンシュタイン等)
影響を与えた人物
ブライアン・デ・パルマ, マーティン・スコセッシ, スティーヴン・スピルバーグ, デヴィッド・フィンチャー, フランソワ・トリュフォー(映画作家として影響を受けた人物でもあり、インタビューの相手でもある)

学歴

セント・イグナティウス校(Jesuit grammar school)
期間: 1910頃まで在籍(正確な終了年不明)
国: イギリス
厳格なイエズス会の教育を受け、ここで規律感と恐怖心を育んだとされる。
ロンドン市立工学・航海学校(夜間講座)
期間: 1913頃(夜間クラス)
国: イギリス
機械、電気、音響、航海学を学んだと語られている。

受賞歴

BAFTAフェローシップ
1971
主催: 英国アカデミー(BAFTA)
結果: 受賞
AFI生涯功労賞
1979
主催: アメリカ映画協会(AFI)
結果: 受賞
ナイト(KBE)任命
1980
主催: 英国王室(勲章)
結果: 受勲(KBE)
ハリウッド・ウォーク・オブ・フェーム(2つの星)
1960
対象作品: テレビ部門、映画部門の星
主催: ハリウッド・ウォーク・オブ・フェーム
結果: 受賞
アカデミー監督賞ノミネート
1941
対象作品: Rebecca(レベッカ)
部門: 監督賞
主催: 米国アカデミー(アカデミー賞)
結果: ノミネート
アカデミー監督賞ノミネート
1944
対象作品: Lifeboat(命知らずの漂流)
部門: 監督賞
主催: 米国アカデミー(アカデミー賞)
結果: ノミネート
アカデミー監督賞ノミネート
1945
対象作品: Spellbound(めまい)
部門: 監督賞
主催: 米国アカデミー(アカデミー賞)
結果: ノミネート
アカデミー監督賞ノミネート
1954
対象作品: Rear Window(裏窓)
部門: 監督賞
主催: 米国アカデミー(アカデミー賞)
結果: ノミネート
アカデミー監督賞ノミネート
1960
対象作品: Psycho(サイコ)
部門: 監督賞
主催: 米国アカデミー(アカデミー賞)
結果: ノミネート

受賞・候補エディション

  1. 受賞作: 生涯業績(グランドマスター賞)

    1973年のThe Grand Master受賞。Alfred Hitchcockの長年の業績が評価された生涯功労賞で、サスペンスの普及と映像文化への影響で知られる作家としての歩みをたたえる。

    長年の仕事をまとめてたたえる生涯功労賞。

    生涯功労サスペンス映像文化

作品

代表作

The Lodger(ロジャー/ロンドン霧の物語)

1927年 サイレント・スリラー

連続殺人事件を巡るサスペンス。ヒッチコックの初期の代表作で、彼の映像表現の原型が見られる。

疑念監視恐怖

Blackmail(ブラックメール)

1929年 サイレントからトーキーへの移行期のスリラー

イギリス初のトーキーの一つ。サスペンスと音響の実験的使用が特徴。

音響による緊張罪と赦し

The 39 Steps(39段のステップ)

1935年 スパイ・スリラー

移動と追跡を軸にしたスリラー。『マクガフィン』というプロット装置の例を示す作品。

追跡誤認逮捕旅(列車)

Rebecca(レベッカ)

1940年 ゴシック・サスペンス

若い女性が一流の屋敷に嫁ぎ、亡き前妻レベッカの影に苦しむ物語。作品はアカデミー賞最優秀作品賞を受賞した。

亡霊のような影嫉妬権力と秘密

Rear Window(裏窓)

1954年 サスペンス/ミステリー

事故で車椅子生活の写真家が窓越しに隣人を観察し、殺人を目撃したのではと疑う。ヴォワイユーリズムの代表作。

覗き(ヴォワイユーリズム)日常の恐怖視点と同一化

Vertigo(めまい)

1958年 心理サスペンス

高さ恐怖症の元警官がある女性に執着し、悲劇へと導かれる。ドリーズームなど革新的な映像技術が用いられる。

執着再構成(女性を作り直す)死と性

Psycho(サイコ)

1960年 ホラー/スリラー

旅先のモーテルで起きた衝撃的な事件を描く。シャワーシーンなど映画史に残るショック表現で知られる。

二重人格母と子の関係暴力の露出

全著作

  • The Pleasure Garden (1925), The Lodger (1927), Blackmail (1929), The 39 Steps (1935), The Lady Vanishes (1938), Rebecca (1940), Shadow of a Doubt (1943), Notorious (1946), Rope (1948), Strangers on a Train (1951), Rear Window (1954), Vertigo (1958), North by Northwest (1959), Psycho (1960), The Birds (1963), Marnie (1964), Frenzy (1972), Family Plot (1976)

翻案

  • 多くの作品が舞台・テレビ・続編・リメイクに翻案(例:Psychoの続編およびリメイク)

作風・主題

文体
視覚性の強い語り('ピュア・シネマ')綿密な画作りとストーリーボード重視観客を意図的に怖がらせる演出
頻出モチーフ
覗き(ヴォワイユーリズム)マクガフィンブロンドのヒロイン('Hitchcock blonde')誤認逮捕/冤罪列車やトラムなどの移動手段母性あるいは母の不在・怪異化

健康

  • 鼠径ヘルニアと胆石(胆嚢摘出)
    1957頃(手術実施)
    手術後すぐ仕事に復帰したが、その後も体重変動や健康問題が続いた。
  • 関節炎(コルチゾン投与)
    晩年
    痛みにより活動が制約され、晩年の作品や公務に影響。
  • 徐脈等によるペースメーカー埋め込み
    晩年
    移動や公的訪問が制限されることがあった。
  • 腎不全(死因)
    1980年4月(死亡時)
    1980年4月29日にベルエアの自宅で腎不全により逝去。

評価・遺産

アルフレッド・ヒッチコックは「サスペンスの巨匠」として映画史に大きな影響を残した。視覚的語り、観客の視点操作、マクガフィンやヴォワイユーリズムといった手法は後続の映画作家に広く受け継がれ、複数の作品が国の保存リストに選ばれ、各国で高く評価されている。

記念館・博物館

  • アルフレッド・ヒッチコック・コレクション(アカデミー・フィルム・アーカイブ) アメリカ合衆国・カリフォルニア州ハリウッド 1984年開館
  • レイトンストーン駅 ヒッチコック・モザイク(記念展示) イギリス・ロンドン(Leytonstone駅) 2001年開館

関連学会

  • BAFTA(英国アカデミー)関連の映画研究コミュニティ
  • 映画学会・シネマ研究グループ(多数の研究対象)

資料所蔵先

  • マーガレット・ヘリック図書館(Alfred Hitchcockの遺稿一部)
  • アカデミー・フィルム・アーカイブ(Alfred Hitchcock Collection)
  • ハリー・ランソム・センター(Selznick, Lehman 関連資料)

大衆文化への影響

  • 伝記映画『ヒッチコック』(2012年、アンソニー・ホプキンス主演)
  • テレビ映画『The Girl』(2012年、トビー・ジョーンズ主演)
  • 多数の作品で引用・オマージュ(シャワーシーン、ドリーズーム等)

引用

  • 私のサスペンスは観客に悪夢を見せることから生まれる。私は観客を“遊ぶ”。彼らをあえぎさせ、驚かせ、ショックを与えるのだ。
    出典: インタビュー(Hitchcock, 1967) (1967年)

豆知識

  • ほとんどの作品にカメオ出演している(『ロジャー』以降の伝統)
  • 『Psycho』のシャワーシーンは映画史上最も分析された場面の一つである
  • かつて俳優を『cattle(家畜)』と呼んだとされるが、彼は冗談めかして語ったと弁明している
  • 晩年にナイト(KBE)に叙勲されたが、健康状態によりロンドンに行けずスタジオで叙勲状が手渡された