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ジョズエ・カルドゥッチ

ジョズエ・カルドゥッチ

Giosuè Carducci

別名: Giosue Carducci
ペンネーム: エノートリオ・ロマーノ『Giambi(ジャンビ)』など一部の反駁詩に用いた筆名

プロフィール

性別
男性
生誕
1835-07-27 (ヴァルディカステッロ(ピエトラサンタ)、トスカーナ大公国)
死没
1907-02-16 (ボローニャ、イタリア王国) 71歳
国籍
イタリア
言語
イタリア語, ラテン語(学術的に使用)
宗教
青年期は無神論、後年は社会的有神論的傾向(一部資料は1895年にカトリックとの和解を記す)
居住地歴
ヴァルディカステッロ(ピエトラサンタ、トスカーナ) → フィレンツェ(青年期および一時期) → ボローニャ(大学教職・晩年)

経歴

職業
詩人, 文学批評家, 大学教授, 翻訳者
活動期間
1850年〜1907年
所属
ボローニャ大学(イタリア語修辞学教授), ガルヴァーニ・ロッジ(ボローニャのフリーメーソン・ロッジ), イタリア王国元老院(上院議員)
所属団体
フリーメーソン(ガルヴァーニ・ロッジ), イタリア王国元老院(上院議員)
影響を受けた人物
ホラティウス(ホラティウス), ウェルギリウス(ウィルギリウス、ヴァージル), ホメロス(古代ギリシア), ダンテ・アリギエーリ, ペトラルカ(ペトラルカ), ジャコモ・レオパルディ, ハインリヒ・ハイネ, ヴィクトル・ユゴー
影響を与えた人物
ジョヴァンニ・パスコリ, ガブリエーレ・ダンヌンツィオ, イタリア近代詩の若い世代全般

学歴

ピサ高等師範校(Scuola Normale Superiore di Pisa)
学位: 博士号相当(教員資格取得)
期間: 1850年代中盤–1856頃
卒業年: 1856
国: イタリア(当時のトスカーナ)
奨学金を得て在学。ラテン語や古典文学に精通。

受賞歴

ノーベル文学賞
1906
対象作品: 個別の単一作品ではなく生涯の業績に対して授与
主催: スウェーデン・アカデミー
結果: 受賞

受賞・候補エディション

  1. 受賞作: 詩集(代表作: Rime nuove 等)

    古典的な形式と技巧を重んじた詩作が評価された。愛国心、歴史意識、叙情を織り込み、イタリア詩の伝統を新たに押し広げた。

    古典主義と叙情を両立させた詩人として知られる。

    古典主義愛国主義叙情

作品

代表作

オディ・バルバリ(Odi barbare)

1877年 詩集

古典詩形(アルカイック、サッフィックなど)をイタリア語で模倣・再創造し、『野蛮な(barbaric)音』を意図した代表作集。国民的主題と古典主義とロマン主義の折衷が特徴。

古典主義国家意識/愛国心形式への志向
翻訳
  • 英訳(例:The Barbarian Odes, William Fletcher Smith訳)

リメ(Rime)

1857年 詩集

初期の詩集。古典と中世の影響を含む若々しい作風が見られる。

古典への回帰若々しい叙情

リメ・エ・リトミ(Rime e ritmi)

1899年 詩集

晩年の詩集。長年の作業の集大成的要素を含む。

成熟した叙情回想と古典主義

全著作

  • Rime(1857)
  • Juvenilia(1871)
  • Primavere elleniche(1872)
  • Odi barbare(1877)
  • Giambi ed epodi(1882)
  • Rime nuove(1887)
  • Rime e ritmi(1899)
  • Opere(Zanichelli版、1889–1909の編集)

翻案

  • 直接の映画化は目立たないが、詩の引用や碑がイタリア文化で使用されることがある

作家による翻訳

  • ハインリヒ・ハイネ(ドイツ語→イタリア語)翻訳
  • ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(ドイツ語→イタリア語)翻訳

作品の翻訳

  • Odi barbare — 英訳(例:William Fletcher Smith訳)

作風・主題

文体
古典主義的形式を復興する技巧的な詩風節度と様式の純粋さを重んじる文体反ロマン主義的・反教権的な論争的文章
頻出モチーフ
古代世界(ギリシア・ローマ)への賛美自由・共和国的精神愛国心と歴史的記憶

健康

  • 抑うつ(若年期)
    1850年代(兄の自殺や父の死などの前後)
    私生活と創作に影響を与えたが、作業は継続された
  • 脳卒中(1899年)
    1899以降
    右手の麻痺や言語障害をもたらし、創作と講義に支障を与えた

評価・遺産

カルドゥッチは19世紀後半のイタリア文学を代表する詩人であり、古典形式の復興と国民的詩の確立によりイタリアの『国民詩人』とみなされた。1906年に最初のイタリア人ノーベル文学賞受賞者となり、詩作・批評・教育を通じて後進に大きな影響を残した。

記念館・博物館

  • カーサ・カルドゥッチ(Casa Carducci)/リソルジメント博物館(ボローニャ) ボローニャ、イタリア

関連学会

  • イタリア文学研究団体
  • 古典学関連学会

資料所蔵先

  • Casa Carducci(カルドゥッチの蔵書・資料を所蔵)

大衆文化への影響

  • 水星のクレーター『Carducci』に命名
  • イタリア国内での記念碑や学校名に使用

引用

  • 「彼の詩的傑作を特徴づける創造的エネルギー、文体の新鮮さ、そして叙情的力に対する敬意として」
    出典: スウェーデン・アカデミー(ノーベル賞授賞理由) (1906年)
  • 「私はおまえを呼ぶ、サタンよ、宴の王よ」
    出典: 詩『Inno a Satana(サタンへの賛歌)』 (1865年)

豆知識

  • 1906年にノーベル文学賞を受賞し、初のイタリア人受賞者となった。
  • ボローニャのチェルトーザ(Certosa di Bologna)に埋葬されている。
  • 1899年の脳卒中により右手を麻痺し、言語障害を負った。
  • 若年期には無神論的であり、反教権的な詩を作ったことが論争を呼んだ。