世界・海外・国外の文学賞

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ハイム・ゴーリ

ハイム・ゴーリ

Haim Gouri

ペンネーム: グルフィンケル(出生名)

プロフィール

性別
男性
生誕
1923-10-09 (テルアビブ(委任統治下パレスチナ))
死没
2018-01-31 (エルサレム, イスラエル) 94歳
国籍
イスラエル
言語
ヘブライ語
宗教
ユダヤ教
居住地歴
テルアビブ → エルサレム

経歴

職業
詩人, 小説家, ジャーナリスト, ドキュメンタリー映画監督
活動期間
1945年〜2018年
ノミネート
アカデミー賞(長編ドキュメンタリー)ノミネート(『第81の打撃』)

学歴

エルサレム・ヘブライ大学
期間: 1940年代
国: イスラエル
文学を学ぶ
ソルボンヌ(パリ大学)
期間: 1940年代
国: フランス
留学、文学研究

受賞歴

ソコロフ賞
1961
部門: ジャーナリズム
主催: テルアビブ市(ソコロフ賞運営)
結果: winner
ビアリク賞
1975
部門: 文学
主催: テルアビブ市(ビアリク賞運営)
結果: winner
イスラエル賞
1988
部門: ヘブライ詩
主催: イスラエル国家(イスラエル賞委員会)
結果: recipient
ウリ・ツヴィ・グリンベルグ賞
1998
部門: 文学
主催: ウリ・ツヴィ・グリンベルグ賞運営団体
結果: winner
首相賞(ヘブライ文学作品)
2004
部門: 文学
主催: イスラエル首相府
結果: winner
文化スポーツ省『シオニズム美術賞』
2016
主催: イスラエル文化スポーツ省
結果: declined

受賞・候補エディション

作品

代表作

炎の花

1949年 詩集

1948年の戦争直後に発表された初期の詩集。戦争と喪失、共同体の記憶を歌う作品を含む。

戦争記憶喪失

チョコレート取引

1965年 小説

1960年代に刊行された長編小説。英語にも翻訳され国際的にも紹介された。

個人と社会アイデンティティ
翻訳
  • 英訳(1968)
  • 英訳(1999, Wayne State University Press)

ガラスの小部屋と向き合う

1962年 ノンフィクション

アイヒマン裁判を扱った記録的著作。裁判取材を通じてホロコーストと記憶を描く。

ホロコースト記憶正義
翻訳
  • 英訳(2004, Wayne State University)

第81の打撃

1974年 ドキュメンタリー映画

ゴーリが脚本・共同製作・共同監督を務めたホロコースト三部作の一作。1974年に公開され、アカデミー賞ノミネートを受けた。

ホロコースト証言記憶
映像化・舞台化
  • [ドキュメンタリー映画] 第81の打撃 / Haim Gouri(共同監督) (1974)

全著作

  • 『炎の花』(詩集, 1949)
  • 『夜明けまで』(詩集, 1950)
  • 『チョコレート取引』(小説, 1965)
  • 『ガラスの小部屋と向き合う』(ノンフィクション, 1962)
  • 『第81の打撃』(ドキュメンタリー映画, 1974)

翻案

  • 『第81の打撃』(ドキュメンタリー映画、1974)
  • 『最後の海』『灰の中の炎』(ホロコースト三部作、1980・1985)

作品の翻訳

  • 『Words in My Love-Sick Blood』(英訳詩選集, 1996)
  • 『チョコレート取引』英訳 (1968, 1999版あり)
  • 『ガラスの小部屋と向き合う』英訳 (2004)

作風・主題

文体
叙情的で証言的な詩風戦争体験と記憶を直接的に描く写実性短い形式と強いイメージの使用
頻出モチーフ
戦争と戦場ホロコーストの記憶死と喪失共同体と連帯

評価・遺産

ハイム・ゴーリはイスラエルの代表的な詩人・作家・映像作家であり、戦争と記憶を主題とする詩的証言で国民的な影響を与えた。『第81の打撃』などのドキュメンタリーや、国家的記憶に結び付く詩は広く評価されている。

資料所蔵先

  • ヘブライ文学翻訳研究所(関連資料)

大衆文化への影響

  • 歌『ハルート(連帯)』などの作品が国家的な行事や記憶文化に定着

豆知識

  • パルマッハに所属し、1948年の独立戦争に従軍した経験がある。
  • 1947年にハンガリーへ赴き、ホロコースト生存者を委任統治下パレスチナへ送り届ける任務に関わった。
  • 1988年にイスラエル賞(ヘブライ詩)を受賞した。
  • 2016年に文化スポーツ省の『シオニスト作品賞』を辞退した。