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アッバース・アブドル・アリー・ヴァシ

アッバース・アブドル・アリー・ヴァシ

Abbas Abdul Ali Vasi

ペンネーム: マリーズ主にガザルなど詩作で使用した筆名

プロフィール

性別
男性
生誕
1917-02-22 (サーラート(スーラト)、グジャラート州、英領インド)
死没
1983-10-19 (ムンバイ、マハーラーシュトラ州、インド) 66歳
国籍
インド
言語
グジャラート語, ウルドゥー語, 英語
宗教
ダウーディー・ボーラ(イスマーイール派シーア派)
居住地歴
サーラート(スーラト) → ムンバイ(ボンベイ)

経歴

職業
詩人, ジャーナリスト
活動期間
1932年〜1983年
影響を受けた人物
アミーン・アザド(師), ミル・バーバル・アリー・アーニス(ウルドゥー詩人), ミルザ・サラーマト・アリー・ダビール(ウルドゥー詩人), ムハンマド・イクバール(部分翻訳の対象で影響)
影響を与えた人物
ラジェーシュ・ヴィヤース('ミスキーン'), ライーシュ・マニアル(伝記作者・劇作家), 後年のグジャラート語ガザル詩人たち

受賞歴

プレマナンド・スヴァルナ・チャンドラク
1984
主催: 不明(プレマナンド賞授与団体)
結果: 受賞(死後)
マリーズ・サンマン・サミティによる表彰
1970
主催: Mareez Sanman Samiti
結果: 表彰
マリーズ・サンマン・サミティによる表彰
1981
主催: Mareez Sanman Samiti
結果: 表彰

受賞・候補エディション

作品

代表作

アーグマン(Aagman)

1975年 詩集(ガザル、ナズム、ムクトク) 120ページ

ガザル、ナズム、ムクトクを収めた初の詩集。プラヴィン・パーンデャに献呈された。晩年の作品をまとめた内容。

喪失憂愁宗教的情念

ナクシャー(Nakshaa)

1984年 詩集(追悼刊) 90ページ

死後に刊行された二作目の詩集。未発表作や遺稿を含む。

回想孤独宗教性

ダルド(Dard)

1966年 詩集(ゴーストライティング論争に関連) 60ページ

富裕な依頼者の名義で発表された作品集。刊行当時文学界で論争を呼び、回収される事態となった。

苦悩愛の失落

サマグラ・マリーズ(Samagra Mareez)

2012年 全集(編集版) 300ページ

息子によって刊行された全集。ラジェーシュ・ヴィヤース('ミスキーン')による編集が施され、散逸していた作品も収録。

ガザルの伝統宗教的題材人間の痛み

シクワ・ジャワーブ・エ・シクワ(部分翻訳)

翻訳(部分)

ムハンマド・イクバール作の詩(Shikwa と Jawab-e-Shikwa)の一部をグジャラート語に翻訳した作業。完訳ではない。

宗教的問い信仰と苦悩

全著作

  • アーグマン (Aagman)
  • ダルド (Dard)
  • ナクシャー (Nakshaa)
  • サマグラ・マリーズ (Samagra Mareez)
  • アキダト (Akidat)(詩のアンソロジー寄稿含む)
  • マズルーム・エ・カルバラ(未刊行)
  • フルル(Hurr)(未刊行)

翻案

  • 『Mareez』— ライース・マニアル著の伝記を元にした舞台(監督:マノージ・シャー)

作家による翻訳

  • ムハンマド・イクバールの 'Shikwa' と 'Jawab-e-Shikwa' の部分翻訳(グジャラート語)

作風・主題

文体
伝統的ガザル形式を踏襲感傷的かつ憂愁を帯びた語り口宗教的・イスラム的モチーフの混在
頻出モチーフ
病(ペンネームの意と関連)喪失と孤独カルバラと殉教愛と苦悩

健康

  • 結核
    1964(入院約2ヶ月)
    療養の必要があり創作と生活に制約を与えた
  • 交通事故による骨折および心臓発作(死因)
    1983(10月に事故、同年10月に死亡)
    横断歩道でオートリキシャに轢かれ負傷。手術後に心臓発作で死去。

評価・遺産

マリーズはグジャラート語ガザルの重要な詩人として死後に人気が高まり、『グジャラートのガーリブ』とも称された。多くの作品は生前に散逸したが、後年全集が編まれ評価が再興された。

関連学会

  • グジャラート文学会(Gujarati Sahitya Parishad)

資料所蔵先

  • 『Kumar』誌バックナンバー等地域誌アーカイブ
  • 家族所蔵の書簡・原稿(サマグラ刊行に使用)

大衆文化への影響

  • ライース・マニアルの伝記を原作とする舞台『Mareez』

豆知識

  • 筆名『マリーズ(Mareez)』は文字通り『病める人』を意味する。
  • 貧困ゆえ多くの作品を他人に売り、クレジットが残らないものがあった。
  • 晩年に刊行された作品は生前よりも死後に評価が高まった。