世界・海外・国外の文学賞

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ポール・マーク・スコット

ポール・マーク・スコット

Pōru Māku Sukotto

プロフィール

性別
男性
生誕
1920-03-25 (イングランド・ロンドン(パルマーズ・グリーン))
死没
1978-03-01 (イングランド・ロンドン(ミドルセックス病院)) 57歳
国籍
イギリス
言語
英語
居住地歴
パルマーズ・グリーン(北ロンドン) → ハムステッド(ロンドン) → タルサ(オクラホマ州、アメリカ)

経歴

職業
小説家, 文芸エージェント, 客員教授
活動期間
1941年〜1978年
影響を受けた人物
E. M. フォースター(比較されることが多い)

学歴

ウィンチモア・ヒル・コレジエイト・スクール
国: イギリス
家庭の事情で中途退学し、資格は取得していない。

受賞歴

ブッカー賞
1977
対象作品: ステイング・オン
主催: ブッカー賞運営団体
結果: winner
ヨークシャー・ポスト小説賞
1977
対象作品: ステイング・オン
主催: ヨークシャー・ポスト
結果: winner
アイリー&スポッティスウード文芸フェローシップ賞
1952
対象作品: ジョニー・サーヒブ
主催: Eyre & Spottiswoode
結果: winner

受賞・候補エディション

ブッカー賞 1回登壇
  1. 受賞作: Staying On

    インド独立後の山間の町パンクットに残った退役英国軍人夫妻を軸に、老い、依存、階級意識、そして失われゆく帝国の残響を描く長編。『The Raj Quartet』の続編として、夫婦のすれ違いと変わりゆくインドの空気を、静かなユーモアと哀感のあいだでとらえる。

    帝国の終わりのあとに残る、夫婦の距離と土地の記憶。

    224ページ
    インド独立ポストコロニアル夫婦関係老い帝国の残響

作品

代表作

宝石の王冠

1966年 小説(フィクション)

第二次世界大戦前後のインドを舞台に、帝国の終焉と人間関係の葛藤を描く長編小説。後に四部作の第一作として位置づけられる。

帝国の終焉文化衝突階級と権力
映像化・舞台化
  • [テレビシリーズ] 宝石の王冠(テレビ化) (1984)

サソリの日

1968年 小説(フィクション)

『宝石の王冠』に続く作品で、揺らぐ植民地社会の人間模様を掘り下げる。

政治的変動個人の運命

静寂の塔

1971年 小説(フィクション)

四部作の第三作。英国植民地社会の解体と登場人物の葛藤がさらに展開される。

道徳的葛藤歴史の影響

戦利品の分配

1975年 小説(フィクション)

四部作の完結編。独立と分断の時代における人物群像の結末が描かれる。

独立と分断責任と帰結

ステイング・オン

1977年 小説(フィクション)

『ラジ・クォーテット』の余韻を受けつつ、インド独立後に残った英国人夫妻の人生を静かに描く短めの長編。1977年にブッカー賞を受賞した。

遺産と喪失文化的孤立
映像化・舞台化
  • [テレビ映画] ステイング・オン(テレビ化) (1980)

ジョニー・サーヒブ

1952年 小説(フィクション)

スコットの初期作品。刊行時に苦労を要したが、のちに文芸賞を受賞した。

青年期の挫折文化的観察

全著作

  • I, Gerontius(詩集、1941)
  • Johnny Sahib(1952)
  • The Alien Sky / Six Days in Marapore(1953)
  • A Male Child(1956)
  • The Mark of the Warrior(1958)
  • The Chinese Love Pavilion(1960)
  • Bender(1963)
  • Corrida at San Feliu(1964)
  • The Jewel in the Crown(1966)
  • The Day of the Scorpion(1968)
  • The Towers of Silence(1971)
  • A Division of the Spoils(1975)
  • Staying On(1977)

翻案

  • テレビシリーズ「宝石の王冠」(The Jewel in the Crown、1984)
  • テレビ映画/ドラマ化「ステイング・オン」
  • BBCラジオ4によるラジオドラマ(2005、四部作原作の朗読/ドラマ化等)

作風・主題

文体
細部まで描き込む写実的文体冷静で明晰な叙述歴史的視座を取り入れた語り
頻出モチーフ
帝国の終焉文化的・個人的なすれ違い罪と贖罪

健康

  • アメーバ性赤痢(amoebic dysentery)
    1943 発症(診断は1964年)
    長期的な体調不良や創作活動に影響を与えた可能性があるとされる。
  • アルコール依存(重度)
    1970年代(進行)
    私生活と健康を著しく損ない、関係破綻や創作活動への影響が記録されている。
  • 結腸癌
    1977–1978
    1978年にロンドンで死去する主因となった。

評価・遺産

『ラジ・クォーテット』とその映像化によって、没後に広範な評価を獲得。私信や書簡のアーカイブはタルサ大学およびテキサス大学などで保管され、研究資料として重要視されている。

資料所蔵先

  • タルサ大学マクファーリン図書館(Paul Scott Papers)
  • ハリー・ランサム人文学研究センター(デイヴィッド・ハイアム・コレクションに書簡等)

大衆文化への影響

  • テレビシリーズ『宝石の王冠』は1980年代に放送され、多くの国で再放送・言及されている。
  • BBCラジオ4による朗読・ドラマ化(2005)など、メディア展開が続いた。

引用

  • 作家が比喩を選ぶのではない。比喩が彼を選ぶのだ。
    出典: 本人の言葉(回想・インタビューで引用)
  • おそらく外部の視点だからこそ、彼は英国領インドの終焉に対して長く明晰な観点を提供できた。
    出典: ヒラリー・スパーリング(伝記的評価)

豆知識

  • 自身の私信をタルサ大学に売却し、そのコレクションは約6,000通に及ぶ。
  • 妻ナンシー・エディス・エイブリーはペンネームElizabeth Averyで小説を執筆した。
  • 1977年のブッカー賞受賞時は病状が悪く、授賞式に出席できなかった。