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パウル・ツェッヒ

パウル・ツェッヒ

Pauru Zech

ペンネーム: ミシェル・ミヒャエル1919年に平和主義的な詩を発表した際に使用した筆名

プロフィール

性別
男性
生誕
1881-02-19 (ブリーゼン(当時西プロイセン))
死没
1946-09-07 (ブエノスアイレス、アルゼンチン) 65歳
国籍
ドイツ
言語
ドイツ語
居住地歴
ブリーゼン(出生地) → ベルリン(活動の中心) → ウィーン(一時滞在) → トリエステ(一時滞在) → モンテビデオ(南米滞在) → ブエノスアイレス(亡くなるまで滞在) → ベストンゼー湖付近(郊外の小さな家)

経歴

職業
詩人, 小説家, 劇作家, 翻訳者, ジャーナリスト
活動期間
1901年〜1946年
影響を受けた人物
ヘルヴァルト・ヴァルデン, アルチュール・ランボー, エルザ・ラスカー=シューラー(交友・同時代の詩人)

受賞歴

クライスト賞
1918
主催: クライスト賞選考委員会
結果: 受賞
鉄十字章
主催: ドイツ帝国軍
結果: 受勲

受賞・候補エディション

作品

代表作

Das schwarze Revier

1912年 詩集

鉱山や労働者の世界を描いた初期の詩集。都市と労働の暗い側面を扱う作品群。

都市鉱山労働疎外

Der feurige Busch : Neue Gedichte (1912–1917)

1919年 詩集

第一次大戦期の詩を中心に収めた詩集。表現主義的な主題を含む作品群。

戦争苦悩表現主義

Das törichte Herz

1925年 小説 / 自伝的短篇

自伝的要素を含む物語集。戦後・私生活の混乱や創作活動を描く。

自伝精神の苦悩都市生活

Nachmittagstraum / L'Après-midi d'un faune(独訳)

1922年 翻訳 / 文学的再解釈

ステファヌ・マラルメの詩『牧神の午後』のドイツ語による再詩化・翻訳。

翻訳象徴主義詩の形式
映像化・舞台化
  • [演劇] 『酔える船』(ランボー『舟』の舞台化) (1926)
翻訳
  • ドイツ語訳(マラルメ)

全著作

  • Das schwarze Revier (1912)
  • Der feurige Busch (1919)
  • Nachmittagstraum(1922、マラルメの独訳)
  • Das törichte Herz (1925)
  • Die Balladen und lasterhaften Lieder des François Villon(再版・訳)
  • Vom schwarzen Revier zur Neuen Welt – Gesammelte Gedichte(1983、編)

翻案

  • 『酔える船』舞台化(ランボー原作の劇化)

作家による翻訳

  • ステファヌ・マラルメ『牧神の午後』のドイツ語訳(1922)
  • フランソワ・ヴィヨンのバラード(再詩化・訳)

作風・主題

文体
表現主義的傾向を持ちながらも古典的形式を保つ詩風都市や労働者の世界を描く現実主義的側面
頻出モチーフ
都市鉱山疎外戦争とその後遺症亡命・国外生活性的・官能的主題(一部作品)

健康

  • 精神障害(重度の精神的問題)
    1920年代(数か月の精神病院入院)
    一時的に創作と私生活に大きな影響を与え、二重生活を送る原因となった

評価・遺産

パウル・ツェッヒはドイツ表現主義の詩人・作家の一人として評価される。都市や労働、戦争体験、亡命といった主題を通じて戦間期ドイツ文学に重要な足跡を残し、クライスト賞受賞や移民先での反ナチ活動などにより評価された。1971年には遺骨がベルリンの名誉墓地に移された。

豆知識

  • 1918年にクライスト賞を受賞した。
  • 第一次世界大戦で従軍し、鉄十字章を受勲した(詳細年次不明)。
  • 1919年にミシェル・ミヒャエルの筆名で平和詩を発表した。
  • 1933年にベルリンを離れ、最終的にブエノスアイレスに定住した。
  • 1946年にブエノスアイレスで死去し、1971年に遺骨がベルリンへ移された。