世界・海外・国外の文学賞

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ウォルター・デュランティ

ウォルター・デュランティ

Worutā Deyuranti

プロフィール

性別
男性
生誕
1884-05-25 (リヴァプール(イングランド))
死没
1957-10-03 (フロリダ州オーランド、アメリカ合衆国) 73歳
国籍
イギリス, アメリカ合衆国
言語
英語
居住地歴
リヴァプール(出生) → パリ(滞在) → リーガ(記者として勤務) → モスクワ(在住・モスクワ特派員) → アメリカ合衆国(晩年・オーランド)

経歴

職業
ジャーナリスト, 作家
活動期間
1906年〜1957年
影響を受けた人物
アレイスター・クロウリー(交友と影響)

学歴

エマニュエル・カレッジ(ケンブリッジ)
学位: First-class degree
期間: 1903–1906
卒業年: 1906
国: イギリス
奨学金で入学、優等で卒業

受賞歴

ピューリッツァー賞(通信部門)
1932
対象作品: ニューズ記事連載(1931年の一連のモスクワ記事)
部門: Correspondence
主催: ピューリッツァー賞委員会
結果: 受賞
オー・ヘンリー賞(第一位)
1928
対象作品: 「The Parrot」
主催: オー・ヘンリー賞選考委員会
結果: 受賞

受賞・候補エディション

  1. 受賞作: The Parrot

    1928年のO.ヘンリー賞第1位を受賞した短編。取材と観察に支えられた軽妙な語りの中に、時代の空気と皮肉な味わいをにじませる。

    軽妙な語りの背後に、時代の気配が濃く立ち上がる。

    短編小説風刺報道1920年代アメリカ

作品

代表作

The Curious Lottery and Other Tales of Russian Justice

1929年 短編集/ノンフィクション風味の物語

ロシア社会や司法を題材にした短編集。取材経験を下地にした作品を含む。

ロシア社会司法取材報告

Red Economics

1932年 政治経済解説

ソビエト連邦の経済政策や計画経済に関する解説書。デュランティの現地観察を基にしている。

計画経済五カ年計画スターリン体制

Duranty Reports Russia

1934年 報告・旅行記

モスクワ特派員としての報告をまとめた著作。スターリン政権下のソビエトを描写するが、賛辞的な記述も多い。

スターリン時代プロパガンダと報道現地観察

I Write As I Please

1935年 エッセイ/回想録

エッセイや回想を収めた一冊。自身の報道観や体験を綴る。

ジャーナリズム回想ソビエト観察

全著作

  • The Curious Lottery and Other Tales of Russian Justice (1929)
  • Red Economics (1932)
  • Duranty Reports Russia (1934)
  • I Write As I Please (1935)
  • The Kremlin and the People (1941)
  • USSR: The Story of Soviet Russia (1944)
  • Stalin & Co.: The Politburo, The Men Who Run Russia (1949)

翻案

  • 映画『Mr. Jones』(2019)でピーター・サースガードがウォルター・デュランティを演じた

作家による翻訳

  • 『ラファイエット・エスカドリーユ物語』(Georges Thenault著の翻訳、1921年)

作風・主題

文体
報告的かつ叙述的なジャーナリズム現地観察に基づく叙述親ソ的・弁護的トーンを帯びることがある
頻出モチーフ
スターリン体制計画経済と五カ年計画ソビエトの近代化とその犠牲

健康

  • 壊疽(左脚切断)
    1924
    列車事故後の手術で左脚を切断。身体的制約はあったが取材活動は継続した。

評価・遺産

モスクワ特派員として高く評価されピューリッツァー賞を受賞した一方、1932–33年のソ連の大飢饉(ホロドモール)を過小報告または否認したことで強い批判を受けた。ピューリッツァー賞返上を求める声が長年続いたが、委員会は返上しなかった。報道史・ジャーナリズム倫理の議論で重要な事例となっている。

資料所蔵先

  • ザ・ニューヨーク・タイムズ アーカイブ

大衆文化への影響

  • 映画『Mr. Jones』(2019)での描写

引用

  • ロシア人は飢えているが、餓死はしていない(Russians Hungry, But Not Starving)
    出典: The New York Times(記事見出し) (1933年)

豆知識

  • アレイスター・クロウリーと交流し、クロウリーの著作に言及されている。
  • ジョージ・オーウェルのリストに名前が挙がっている(公的業務に不適格とされた可能性)。
  • 1932年のピューリッツァー賞受賞は長年にわたり論争の的となった。