世界・海外・国外の文学賞

← ホームに戻る

アンジェイ・スタシウク

アンジェイ・スタシウク

Andrzej Stasiuk

プロフィール

性別
男性
生誕
1960-09-25 (ワルシャワ)
国籍
ポーランド
言語
ポーランド語
居住地歴
ワルシャワ → チェルネ(ベスキド山脈)

経歴

職業
小説家, ジャーナリスト, 文学批評家
活動期間
1992年〜2024年
所属
Wydawnictwo Czarne
影響を受けた人物
マレク・フワスコ, ジャック・ケルアック

受賞歴

コシチェルスキ賞
1995
結果: won
ニケ賞
2005
対象作品: ババダグへ向かう道
結果: won
グディニア文学賞
2010
対象作品: タクスィム
結果: won
オーストリア国家賞(欧州文学賞)
2016
結果: won

受賞・候補エディション

  1. 受賞作: Jadąc do Babadag

    著者の東欧旅行を綴る紀行的作品。小都市や辺境の風景、人々の営みを繊細に観察し、記憶と移動、文化の境界をめぐる思索を叙情的な文章でつづる随想集のような構成が特徴。

    旅行東欧風景文化
  1. 受賞作: 受賞対象: 全体の文学業績

    旅行記的随想と小説を往還しつつ、東欧の辺境や田園風景、喪失と記憶を詩的に描く作品群が評価された。地域性に根ざした描写を通じて普遍的な歴史感覚や人間の内面を掘り下げる語り口が特色である。

    旅行文学辺境記憶風景描写
  1. 受賞作: Taksim

    『Taksim』は旅と異郷の経験を通じて東欧と周縁の風景を描く作品。街や人々との断片的な出会いを通じて喪失感とノスタルジア、記憶の景観を探る散文であり、アンビバレントな感情が滲む。

    郷愁東欧記憶
  1. 受賞作: 生涯業績

    本賞は単一の作品に対してではなく、受賞者の長年にわたる創作活動と欧州文学への総合的な貢献を称えるものです。本件における「作品」は個別の書籍ではなく、受賞者が残した代表作群とその文学的影響を総括したものとして扱われます。

    生涯業績欧州文学国際的影響文化交流

作品

代表作

ムリ・ヘブロヌ

1992年 短編集

刑務所での経験を基にした物語集。

刑務所反戦若者の放浪
翻訳
  • 英語版あり

ビアウィ・クルク

1995年 小説

冒険小説。

冒険ポスト共産主義ポーランド
翻訳
  • 英語版あり

オポヴェシュチ・ガリツィイスキエ

1995年 短編集

ガリツィア地方の印象的な描写。

地方東欧
翻訳
  • 英語版あり

ヤヂェンツ・ド・ババダク

2004年 旅行記

バルト海からアルバニアまでの旅の風景と地理描写。

東欧風景物質的現実
翻訳
  • 英語版あり

全著作

  • ムリ・ヘブロヌ (1992)
  • ヴィエルシェ・ミウォスネ・イ・ニェ (1994)
  • ビアウィ・クルク (1995)
  • オポヴェシュチ・ガリツィイスキエ (1995)
  • プヂェル・リェキ (1996)
  • ドゥクラ (1997)
  • ドゥヴィェ・スフツキ (1998)
  • ヤク・ゾスタリェム・ピサルゼム (1998)
  • ヂェヴィエンツ (1999)
  • モイェ・エウロパ (2000)
  • テクトゥロウィ・サモロト (2000)
  • ジマ (2001)
  • ヤヂェンツ・ド・ババダク (2004)
  • ノツ (2005)
  • ファド (2006)
  • ドイチュラント (2007)
  • タクスィム (2009)
  • ヂェンニク・ピサーニ・プジニェイシェル (2010)
  • グロホフ (2012)
  • フショト (2014)
  • プジェヴォーシュ (2021)

作風・主題

文体
印象派的な描写意識の流れ大気的な風景描写
頻出モチーフ
東欧の辺境ポーランド南東部の地方物質的現実の影響

評価・遺産

東欧とその西欧との関係を描いた旅行文学とエッセイで知られるポーランドの現代作家。Nike賞など主要文学賞を受賞し、ポスト共産主義ポーランド文学の重要人物。

大衆文化への影響

  • ガンマルス・スタシウキという甲殻類の種名が命名された。

引用

  • ドイツ人とロシア人の両方を恐れ、両方を等しく軽蔑し、両方を称賛する。私はポーランド人として、ヨーロッパと世界における自らの運命について常に瞑想せざるを得ない。
    出典: Die Welt インタビュー (2007年)
  • フランスやスペインには行ったことがなく、行こうとも思わない。この中央・東欧の現実が私を魅了する。
    出典: Gazeta Wyborcza インタビュー (2005年)

豆知識

  • 高校と職業学校を中退後、平和主義運動に参加。
  • 軍隊から脱走(戦車でという伝説あり)し、1年半の懲役を経験。
  • 1986年にワルシャワを離れ、ベスキド山脈の小さな村チェルネに移住。羊を飼育。
  • 妻と共にWydawnictwo Czarne出版社を運営。