世界・海外・国外の文学賞

← ホームに戻る

ブラジェ・コネスキ

ブラジェ・コネスキ

Buraje Konesuki

ペンネーム:

プロフィール

性別
男性
生誕
1921-12-19 (ネブレゴヴォ(プリレプ近郊))
死没
1993-12-07 (スコピエ) 71歳
国籍
マケドニア人, ユーゴスラヴィア市民, ブルガリア籍(出典により併記)
言語
マケドニア語, セルビア語, ブルガリア語, ロシア語, ドイツ語
居住地歴
ネブレゴヴォ(出生地) → プリレプ(幼少期・学生期) → スコピエ(晩年・職務) → ソフィア(留学・卒業)

経歴

職業
詩人, 作家, 翻訳家, 言語学者, 大学教員, 編纂者
活動期間
1944年〜1993年
所属
マケドニア国立劇場(レクター), スコピエ大学(哲学部・言語学講師、学部長、学長), マケドニア科学芸術アカデミー(会員・初代会長), マケドニア作家協会(創設者、初代会長), マケドニアPENセンター(会員)
所属団体
マケドニア科学芸術アカデミー(MANU), オーストリア科学アカデミー(准会員), クロアチア科学芸術アカデミー(准会員), セルビア科学アカデミー(准会員), スロベニア科学芸術アカデミー(准会員), ポーランド科学アカデミー(准会員), モンテネグロ科学芸術アカデミー(准会員), ボスニア・ヘルツェゴビナ科学芸術アカデミー(准会員), ヴォイヴォディナ科学芸術アカデミー(准会員)
影響を受けた人物
アレクサンダル・ベリッチ(教授), ラドヴァン・コシュティッチ(教授), ヴァシル・イリョスキ(同時代の言語学者・文学者)
影響を与えた人物
マケドニア現代文学(言語の規範化を通じて), マケドニア語学・スラヴ研究の研究者たち, 若手詩人・作家

学歴

クラグエヴァツ(ギムナジウム)
期間: 1930年代
卒業年: 1939
国: セルビア(当時:王国)
中等教育を修了。校内誌編集などに従事。
ベオグラード大学(入学、学部変更)
医学部(入学後にスラヴ学へ転向) / スラヴ語学
期間: 1939–1941
国: セルビア(当時:王国)
医学を学び始めるがスラヴ学に転向。最終学位は取得していない。
ソフィア大学(文学部)
スラヴ学部 / スラヴ語学
学位: 学士相当
期間: 1941–1944
卒業年: 1944
国: ブルガリア
戦時下に学び、1944年に卒業。

受賞歴

AVNOJ賞
主催: ユーゴスラヴィア(国家)
結果: 受賞
ニェゴシュ賞
主催: 授与団体不詳
結果: 受賞
ストルガ詩の夕べ 金の花冠(Zlaten Venec)
1981
主催: ストルガ詩の夕べ
結果: 受賞
ヘルダー賞
1971
主催: ヘルダー財団
結果: 受賞
ソビエト作家連合賞(作家連盟賞)
主催: ソビエト作家連合
結果: 受賞

受賞・候補エディション

  1. 受賞作: 生涯詩作と言語学的貢献

    詩作において民族的アイデンティティや歴史・文化の主題を扱う一方、言語学者として母語の発展に尽力した。批評・翻訳・教育活動を通じて国内文学基盤の形成に寄与した生涯業績が評価された。

    民族と言語抒情文化的アイデンティティ言語学

作品

代表作

マケドニア語の歴史(Историја на македонскиот јазик)

1965年 言語学・歴史

マケドニア語の歴史的発展と近代標準化過程を論じた主要な学術著作。議論の的となった点や参照コーパスに基づく分析を含む。

言語の標準化民族史比較スラヴ学

文学マケドニア語の文法(Граматика на македонскиот литературен јазик)

1952年 言語学・文法

標準マケドニア語の音韻・形態・統語の規範を示した基礎的文法書。教育や辞書編纂に重要な役割を果たした。

標準化規範教育辞書編纂

土地と愛(Zemjata i ljubovta / Land and Love)

1948年 詩集

戦後まもない時期の詩集。故郷や人間の感情、共同体を題材にした作品を収める。

故郷歴史

ヴァインヤード(Lozje / The Vineyard)

1955年 短編小説集

短編集。地方の生活や人間関係を描く寓話的な短篇を収める。

地方文化人間ドラマ

全著作

  • 『土地と愛』詩集(1948)
  • 『詩集』 (1953)
  • 『刺繍する女』詩集(1955)
  • 『ヴァインヤード』短編集(1955)
  • 『マケドニア語の歴史』(1965)
  • 『マケドニア辞典』編纂(1961–1966)
  • その他多数(詩、散文、翻訳、学術論文)

作家による翻訳

  • シェイクスピア『オセロー』翻訳
  • ドイツ語詩(ゲーテ、ハイネなど)の翻訳
  • ロシア語詩(ブローク、マヤコフスキーなど)の翻訳

作品の翻訳

  • 代表詩作はいくつか外国語に訳出(英語・セルビア語・ブルガリア語など)

作風・主題

文体
抒情的で象徴的な詩風言語学的な精緻さと規範志向近代主義の要素を含む
頻出モチーフ
故郷と土地言語と民族的アイデンティティ歴史と記憶愛と喪失

評価・遺産

コネスキは標準マケドニア語の体系化に大きく貢献し「マケドニア文学言語の父」と評された一方、その言語政策や辞書・文法の内容についてセルビア化やブラゴリ化(ブルガリア化)を巡る批判・論争も生んだ。学術・文学双方で強い影響力を持ち、マケドニアの文化機関や教育に多大な遺産を残した。

記念館・博物館

  • ブラジェ・コネスキ記念館(出生家) ネブレゴヴォ、北マケドニア
  • スコピエ大学人文学部(名称にコネスキの名を使用) スコピエ、北マケドニア 1997年開館

関連学会

  • マケドニア科学芸術アカデミー(MANU)
  • マケドニア作家協会
  • マケドニアPENセンター

資料所蔵先

  • MANU(マケドニア科学芸術アカデミー)所蔵資料
  • ブラジェ・コネスキ記念館所蔵資料

大衆文化への影響

  • 詩『テシュコト』はマケドニアの小学校で教材として採用されている。

引用

  • 私は自分をマケドニア人だと考えている。
    出典: インタビュー(Andreevski, 1991) (1991年)

豆知識

  • 1948年の詩「テシュコト」はマケドニアの小学校で教えられている。
  • 出生地の家屋が記念館・教育センターとして保存されている。