世界・海外・国外の文学賞

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ボリス・パステルナーク

ボリス・パステルナーク

Boris Pasternak

プロフィール

性別
男性
生誕
1890-02-10 (モスクワ(ロシア帝国))
死没
1960-05-30 (ペレデルキノ(ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国)) 70歳
国籍
ロシア帝国, ソビエト連邦
言語
ロシア語
宗教
正教

経歴

職業
詩人, 小説家, 文学翻訳者, 作曲家
活動期間
1913年〜1960年
影響を受けた人物
レフ・トルストイ, ライナー・マリア・リルケ, ウラジーミル・マヤコフスキー, イマヌエル・カント(哲学的影響)
影響を与えた人物
アレクサンドル・ソルジェニーツィン, ソ連・ロシアの反体制派作家一般
ノミネート
ノーベル文学賞候補(1946–1950)

学歴

モスクワ音楽院
作曲
期間: 少年期〜10代
国: ロシア帝国
スクリャービンに師事したが、絶対音感を欠き作曲家の道は断念
モスクワ大学
哲学
期間: 1910年以前〜1910年頃
国: ロシア帝国
哲学を専攻
マールブルク大学(フィリップ大学マールブルク)
哲学
期間: 1910–1914
国: ドイツ
コーエンやハルトマンの下で新カント派哲学を学ぶ

受賞歴

ノーベル文学賞
1958
対象作品: 『ドクトル・ジバゴ』
主催: ノーベル賞委員会
結果: 受賞(ソ連当局の圧力により辞退)

受賞・候補エディション

  1. 受賞作: ドクトル・ジヴァーゴ (Doctor Zhivago)

    ロシア革命と内戦期を背景に、医師ジヴァーゴの愛と創作、個人の道徳的葛藤を描く大河小説。歴史的激動と個々人の生活が交錯するなかで、人間の尊厳や芸術の役割を詩的かつ心理的に描写する代表作。

    歴史小説愛と個人革命道徳
  1. 受賞作: ドクトル・ジヴァゴ (Il dottor Zivago / Doctor Zhivago)

    ロシア革命と内戦の混乱を背景に、医師で詩人のユリ・ジヴァゴの人生とララとの愛憎を叙事的に描く大作。個人の愛と芸術、歴史的激動の中での倫理的選択や喪失を詩的な筆致で深く描写する。

    革命と個人愛と喪失詩と芸術歴史の影響

作品

代表作

雲の中の双生児

1914年 詩集

初期詩集。象徴主義や初期の実験的表現が見られる。

若き感情象徴主義

我が妹 人生

1922年 詩集

1920年代の代表的詩集。リズム感と叙情が高く評価され、ロシア詩の重要作となった。

叙情個人的愛情存在の問い
翻訳
  • 工藤正廣訳ほか多数

ドクトル・ジバゴ

1957年 小説

20世紀前半のロシア革命とその後を背景に、医師詩人ジバゴの人生と愛を描く叙事的長編。ソ連国内では発禁となり、国外で刊行されノーベル賞受賞につながった。

歴史と個人愛と喪失自由と抑圧
映像化・舞台化
  • [映画] ドクトル・ジバゴ / David Lean (1965)
翻訳
  • 原子林二郎訳(1958年/時事通信社)ほか多数日本語訳あり

晴れよう時

1959年 詩集

晩年の詩集。愛、不死、神との和解といった普遍的主題を扱う。

信仰不死

全著作

  • 雲の中の双生児(1914)
  • 我が妹 人生(1922)
  • 1905年(詩集、1926)
  • スペクトルスキー(韻文小説、1931)
  • 早朝の列車にて(1943)
  • ファウスト(ゲーテ翻訳、1953)
  • シェークスピア戯曲集(翻訳、1953)
  • ドクトル・ジバゴ(1957/1958西刊/1987ソ連刊)
  • 晴れよう時(1959)

翻案

  • 『ドクトル・ジバゴ』 映画化(David Lean監督、1965)
  • 葬儀での詩の朗誦など市民による記念行為

作家による翻訳

  • ゲーテ『ファウスト』訳(1953)
  • シェークスピア戯曲集(翻訳、1953)

作品の翻訳

  • 日本語訳(原子林二郎、江川卓、工藤正廣らによる複数訳)

作風・主題

文体
叙情的でリズミカルな詩風象徴主義とモダニズムの要素の混合叙事的長編における歴史的視点
頻出モチーフ
愛と喪失個人的記憶と歴史神性・信仰

健康

  • 肺癌
    1959–1960
    最終的に1960年に肺癌で死去。未完の劇作等が残された。

評価・遺産

ロシア近代文学を代表する詩人・小説家。『我が妹 人生』はロシア語詩の重要作とされ、『ドクトル・ジバゴ』とノーベル文学賞をめぐる論争は国際的な注目を集め、後の反体制運動にも影響を与えた。

記念館・博物館

  • パステルナーク記念館(ペレデルキノ・ダーチャ) ペレデルキノ、モスクワ近郊

資料所蔵先

  • フーバー研究所所蔵コレクション等

大衆文化への影響

  • 『ドクトル・ジバゴ』の映画化やノーベル賞辞退を巡る国際的議論

引用

  • 「現代風の叙情的な詩、および大ロシアの歴史的伝統に関する分野における、彼の重要な功績に対して」
    出典: ノーベル委員会の受賞理由(1958年) (1958年)
  • 「私はよく聞こえない。そして目の前は霧で覆われている。でもそれは晴れるだろう。明日は窓を開けるのを忘れないでくれ。」
    出典: 遺言(最期の言葉) (1960年)

豆知識

  • ノーベル文学賞は1958年に選出されたが、ソ連当局の圧力により辞退したとされる。
  • 若い頃は作曲を志し、スクリャービンに師事したが作曲家の道は断念した。
  • 『ドクトル・ジバゴ』は1957年にイタリアで出版され、ソ連国内では1987年まで正式に刊行されなかった。