-
第19回(2007年) 受賞受賞作: 言論・人権擁護の編集活動
民族問題や歴史認識に関する公開討議を促し、マイノリティの権利と表現の自由を守るための編集・執筆活動を続けたことが評価された。暗殺前の活動が特に強く評価されての受賞である。
言論の自由人権民族問題ジャーナリズム
ハラント・ディンク
ハラント・ディンク
Hrant Dink
別名:
Fırat Dink
プロフィール
- 性別
- 男性
- 生誕
- 1954-09-15 (トルコ、マラティヤ)
- 死没
- 2007-01-19 (トルコ、イスタンブール) 52歳
- 国籍
- トルコ
- 言語
- トルコ語, アルメニア語
- 宗教
- アルメニア使徒教会
- 居住地歴
- マラティヤ → イスタンブール
経歴
- 職業
- 新聞編集者, コラムニスト, ジャーナリスト
- 活動期間
- 1979年〜2007年
- 所属
- アゴス新聞
- 所属団体
- アルメニア福音教会
- 影響を与えた人物
- オルハン・パムク
学歴
| 学校 | 学部 | 学科 | 学位 | 期間 | 国 |
|---|---|---|---|---|---|
| イスタンブール大学 | 理学部 | 動物学 | 学士 | — | トルコ |
イスタンブール大学
理学部
/ 動物学
学位:
学士
卒業年:
1976
国:
トルコ
哲学部にも在籍したが未修了
受賞歴
| 年 | 賞名 | 対象作品 | 部門 | 主催 | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2005 | アユシェヌル・ザラコル思想・表現の自由賞 | — | Freedom of Expression | トルコ人権協会 | 受賞 |
| 2006 | アンリ・ナンネン賞 | — | 報道の自由 | グルナー + ヤール | 受賞 |
| 2006 | オクスファム/ノビブ PEN 表現の自由賞 | — | 表現の自由 | オクスファム・ノビブ | 受賞 |
| 2006 | ビョルンソン賞 | — | — | ノルウェー文学・表現の自由アカデミー | 受賞 |
| 2007 | アルメニア大統領国家賞 | — | — | アルメニア共和国大統領府 | 受賞 |
| 2007 | ヘルマン・ケステン賞 | — | — | — | 受賞 |
| 2007 | 国際プレス研究所世界報道自由英雄 | — | — | 国際プレス研究所 | 受賞 |
アユシェヌル・ザラコル思想・表現の自由賞
2005
部門:
Freedom of Expression
主催:
トルコ人権協会
結果:
受賞
アンリ・ナンネン賞
2006
部門:
報道の自由
主催:
グルナー + ヤール
結果:
受賞
オクスファム/ノビブ PEN 表現の自由賞
2006
部門:
表現の自由
主催:
オクスファム・ノビブ
結果:
受賞
ビョルンソン賞
2006
主催:
ノルウェー文学・表現の自由アカデミー
結果:
受賞
アルメニア大統領国家賞
2007
主催:
アルメニア共和国大統領府
結果:
受賞
ヘルマン・ケステン賞
2007
結果:
受賞
国際プレス研究所世界報道自由英雄
2007
主催:
国際プレス研究所
結果:
受賞
受賞・候補エディション
作風・主題
- 文体
- 共感的歴史的対立を問い直す民主化擁護
- 頻出モチーフ
- トルコ・アルメニア和解人権少数者権利アルメニア人虐殺問題
評価・遺産
トルコのアルメニア人ジャーナリストとして、トルコ・アルメニア和解と人権擁護を提唱。暗殺後、10万人以上の追悼行進で「我々はみなアルメニア人」と叫ばれ、社会的影響大。ハラント・ディンク財団設立。
大衆文化への影響
- 葬儀で「我々はみなアルメニア人、 我々はみなハラント・ディンク」と叫ばれる
引用
-
トルコに関連する毒された血を、アルメニアに関連する新鮮な血で置き換えなさい
出典: アゴス新聞記事 (2004年) -
この人種の英雄主義はどこにあるのか?
出典: シャンルウルファ講演 (2002年) -
もちろんジェノサイドだと言う、その結果がそう示しているからだ
出典: ロイターインタビュー (2006年)
豆知識
- 孤児院で育つ
- 妻ラケルとは子供時代の友人でTuzlaキャンプで出会う
- 一時名前をFırat Dinkに変更
- アゴス新聞創設者