世界・海外・国外の文学賞

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イネス・カニャティ

イネス・カニャティ

Ines Cagnati

プロフィール

性別
女性
生誕
1937-02-21 (モンクラル=ダジェネ(ロット=エ=ガロンヌ県)、フランス)
死没
2007-10-09 (オルセー(エソンヌ県)、フランス) 70歳
国籍
イタリア, フランス
言語
イタリア語, フランス語
居住地歴
ロット=エ=ガロンヌ(生育) → パリ(リセ・カルノでの勤務) → ブラジリア(短期間滞在) → フランスの田舎の田園地帯(作家活動拠点)

経歴

職業
小説家, 教師, 翻訳者
活動期間
1970年〜2007年
所属
リセ・カルノ(Lycée Carnot)

学歴

文学
学位: Licence (学士相当)
国: フランス
CAPES(高校教員資格)を取得して高校教員となる

受賞歴

ロジェ=ニミエ賞
1973
対象作品: ル・ジュール・ド・コンジェ(Le Jour de congé)
結果: 受賞
ドゥ・マゴ賞
1977
対象作品: ジェニ・ラ・フォール(Génie la folle)
結果: 受賞
アカデミー・フランセーズ(短編賞)
1990
対象作品: レ・ピピストレル(Les Pipistrelles)
主催: アカデミー・フランセーズ
結果: 受賞

受賞・候補エディション

作品

代表作

ル・ジュール・ド・コンジェ(Le Jour de congé)

1973年 小説(農村リアリズム)

イタリア移民の子どもの視点から、貧困や疎外、言語の障壁を描く初の長編。土地の荒廃、家族の生活、学校での孤立感などが淡々と、しかし詩的に綴られる。

疎外感貧困移民経験言語・コミュニケーションの困難子ども時代
翻訳
  • 英訳:ライエル・シリンガー(NYRB Classics, 2019)

ジェニ・ラ・フォール(Génie la folle)

1976年 小説

社会の周縁に置かれた女性像や狂気と正気の境界を繊細に描く作品。孤独感や村社会との摩擦が中心テーマとなっている。

女性の周縁化孤独村社会

モゼ、もしくは泣いたトカゲ(Mosé ou le Lézard qui pleurait)

1979年 小説

寓話的・象徴的な要素を含む作品。人物の内面と周囲の自然が絡み合い、寂寥や失われたものへの追憶が描かれる。

記憶喪失自然との関係

レ・ピピストレル(Les Pipistrelles)

1989年 短編集

短編を集めた作品集。疎外、沈黙、地方の暮らしや子ども時代の断片が主題となり、簡潔で抑制のきいた文体が特徴。

疎外沈黙地方性子ども時代の断片

全著作

  • ル・ジュール・ド・コンジェ(Le Jour de congé), 1973
  • ジェニ・ラ・フォール(Génie la folle), 1976
  • モゼ、もしくは泣いたトカゲ(Mosé ou le Lézard qui pleurait), 1979
  • レ・ピピストレル(Les Pipistrelles), 1989

作品の翻訳

  • 『Le Jour de congé』の英訳:ライエル・シリンガー(Free Day, NYRB Classics, 2019)

作風・主題

文体
簡潔で抑制の利いた文体詩的な比喩と静謐さ地方的リアリズム
頻出モチーフ
疎外感沈黙貧困子ども時代と学校の記憶移民の視点

評価・遺産

イネス・カニャティは移民の子としての疎外や田舎の貧困、言葉の障壁を繊細に描いた作家として評価される。近年は英訳の刊行により国際的な再評価が進み、フランス近現代文学の重要な声の一つと見なされている。

引用

  • 「明らかに私はフランス人ではなかった。そしてそれから私はもうイタリア人でもなくなった。だから私は何者でもなかった。」
    出典: RTS(インタビュー、1989年) (1989年)
  • 「学校で世界はひっくり返った。私は何を言われているのか全く理解できず、従うことすらできなかった。フランス人の世界は敵対的で、私たちを望んでいなかった。」
    出典: Sud-Ouest Dimanche(インタビュー、1985年) (1985年)

豆知識

  • 母語はイタリア語で、幼少期にフランス語を学んだ。
  • リセ・カルノ(Lycée Carnot)でフランス文学の教師を務めた。
  • 1973年『Le Jour de congé』でロジェ=ニミエ賞を受賞。
  • 1977年に『Génie la folle』でドゥ・マゴ賞を受賞。
  • 1989年刊行の『Les Pipistrelles』で1990年にアカデミー・フランセーズの短編賞を受賞。
  • 2019年に『Le Jour de congé』の英訳(Free Day)がNYRB Classicsより刊行され、国際的な注目を再び浴びた。