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ジェームズ・ルーファス・エイジー

ジェームズ・ルーファス・エイジー

James Rufus Agee

プロフィール

性別
男性
生誕
1909-11-27 (テネシー州ノックスビル)
死没
1955-05-16 (ニューヨーク市(アメリカ合衆国)) 45歳
国籍
アメリカ合衆国
言語
英語
居住地歴
テネシー州ノックスビル(出生・幼年期) → メイン州ロックランド(家族の移住先) → ニューハンプシャー州(フィリップス・エクセター在籍) → マサチューセッツ州ケンブリッジ(ハーバード大学在学) → ニューヨーク市(成人期の居住・職務拠点) → ニューヨーク州ヒルズデール(所有農場、埋葬地) → カリフォルニア州サンタバーバラ(一時滞在、心臓発作の既往)

経歴

職業
小説家, ジャーナリスト, 詩人, 脚本家, 映画批評家
活動期間
1932年〜1955年
所属
タイム誌(Time), フォーチュン誌(Fortune), ザ・ネーション(The Nation), ライフ(Life Magazine)
影響を受けた人物
ウォーカー・エヴァンス, ロバート・ヒリーアー, I. A. リチャーズ, ジェームズ・ハロルド・フライ牧師, アーチボルド・マクリーシュ
影響を与えた人物
アーロン・コープランド(作曲家), サミュエル・バーバー(作曲家), デイヴィッド・サイモン(ジャーナリスト、脚本家), 後続の映画批評家やノンフィクション作家

学歴

フィリップス・エクセター・アカデミー
期間: 1924–1928
卒業年: 1928
国: アメリカ合衆国
寄宿学校で学んだ。エクセター入学はクラス・オブ・1928。
ハーバード大学
ハーバード・カレッジ
学位: BA
期間: 1928–1932
卒業年: 1932
国: アメリカ合衆国
Harvard Advocateの編集長を務め、卒業式でオードを朗読した。

受賞歴

ピューリッツァー賞(フィクション部門)
1958
対象作品: 『家族の死』 (A Death in the Family)
部門: フィクション
主催: ピューリッツァー賞選考委員会
結果: 受賞
イェール若手詩人シリーズ(選出)
1934
対象作品: 『Permit Me Voyage』
部門:
主催: イェール大学出版局
結果: 選出

受賞・候補エディション

  1. 受賞作: A Death in the Family

    1910年代のテネシー州を舞台に、父の突然の死が家族、とりわけ若い主人公の精神に与える影響を繊細に描く自伝的長編。喪失と成長、家族の絆が主題で、郷愁と悲嘆が作品全体を貫く。

    家族喪失成長アメリカ南部
  1. 受賞作: A Death in the Family

    1920年代のテネシーを舞台に、父の急死を通して少年と家族の喪失と再生を描く自伝的長編。記憶と悲嘆、親子関係の細やかな心理描写に重点を置いた作品。

    家族喪失と悲嘆成長(ビルドゥングスロマン)アメリカ南部

作品

代表作

『有名な人々をたたえよ』(Let Us Now Praise Famous Men)

1941年 ノンフィクション/ルポルタージュ

ウォーカー・エヴァンスの写真とともにアラバマの小作人三家族を記録したルポ・ルポルタージュ的著作。貧困、尊厳、観察の倫理を主題とする。

貧困尊厳労働アメリカ南部観察と表現
映像化・舞台化
  • [オペラ] 『The Tender Land』に影響 / Aaron Copland (1954)

『家族の死』(A Death in the Family)

1957年 小説/自伝的小説

著者自身の幼年期と父の死に基づいた自伝的小説。1957年に遺稿として刊行され、1958年にピューリッツァー賞を受賞した。

家族喪失記憶信仰
映像化・舞台化
  • [舞台劇] All the Way Home(舞台化) / Tad Mosel (1960)

『Permit Me Voyage』(詩集)

1934年 詩集

イェール若手詩人シリーズで刊行された詩集。後に一部の詩が作曲家によって歌曲化された。

記憶自然
映像化・舞台化
  • [歌曲] 『Sure On This Shining Night』(歌曲化) / Samuel Barber (1938)

『アフリカの女王』(脚本)

1951年 脚本/映画

C. S. フォレスターの小説を原作とする1951年の映画『アフリカの女王』の脚本にクレジットされている。

冒険信仰と救済人間関係
映像化・舞台化
  • [映画] アフリカの女王 / John Huston (1951)

『夜の狩人』(脚本)

1955年 脚本/映画

デイヴィス・グラブの小説を原作にした1955年の映画の脚本を担当。稿の寄与度をめぐって議論があるが、初期稿の発見により重要な貢献が確認されている。

宗教的偽善暴力善と悪
映像化・舞台化
  • [映画] 夜の狩人 / Charles Laughton (1955)

『Cotton Tenants: Three Families』

2013年 ノンフィクション(遺稿・発見原稿)

1936年のフォーチュン誌取材に基づく未刊原稿が発見・編集されて刊行された書。Let Us Now Praise Famous Menの別稿とされる。

労働貧困ドキュメンタリー的記述

全著作

  • 1934 年『Permit Me Voyage』
  • 1935 年『Knoxville: Summer of 1915』(散文詩)
  • 1941 年『Let Us Now Praise Famous Men』
  • 1951 年『The Morning Watch』
  • 1957 年『A Death in the Family』
  • 1958 年『Agee on Film』
  • 1960 年『Agee on Film II』
  • 1962 年『Letters of James Agee to Father James Harold Flye』
  • 1968 年『The Collected Poems of James Agee』
  • 2005 年『Let Us Now Praise Famous Men, A Death in the Family, & Shorter Fiction』(編著収録)
  • 2013 年『Cotton Tenants: Three Families』

翻案

  • 舞台『All the Way Home』(A Death in the Familyの翻案)
  • 映画『アフリカの女王』(1951)(脚本参加)
  • 映画『夜の狩人』(1955)(脚本参加)
  • ドキュメンタリー『AGEE』(1979)

作風・主題

文体
自伝的で叙情的な散文ジャーナリズムと文学を融合させる筆致詳細な観察と詩的な描写
頻出モチーフ
家族と父子関係死と喪失貧困と労働子ども時代と記憶宗教と良心

健康

  • アルコール依存症
    主に1940年代後半から1950年代
    脚本執筆や仕事の継続に影響を与え、キャリアを制約した。
  • 心疾患(心臓発作)
    1951(心臓発作)–1955(死亡)
    1951年に心臓発作を起こし、1955年にタクシーで移動中に致命的な心臓発作で死去した。

評価・遺産

生前は限定的な評価だったが、没後に評価が高まり、遺作『A Death in the Family』で1958年にピューリッツァー賞を受賞。『Let Us Now Praise Famous Men』は20世紀の重要作とされ、音楽や映画、演劇に影響を与えた。

記念館・博物館

  • ジェームズ・エイジー・パーク(ノックスビル) テネシー州ノックスビル、フォートサンダース地区

資料所蔵先

  • ハリー・ランサム人文学研究センター(テキサス大学オースティン校)所蔵
  • アーカイブス・オブ・アパラチア(イースト・テネシー州立大学)所蔵写真資料

大衆文化への影響

  • ドキュメンタリー映画『AGEE』(1979)はアカデミー賞候補となり、エイジーの生涯と作品を紹介した。
  • 演劇『The Man Who Lives Here Is Loony』など、舞台作品で登場人物や題材となることがある。
  • サミュエル・バーバーの『Knoxville: Summer of 1915』など、作曲家による歌曲・作品化が行われた。

引用

  • …ほとんどのアメリカ映画は人物や状況を真に特定できるようには構成されていない。人々はただ、風に吹かれるような一般論の連なりの中を踊っているだけだ。
    出典: Agee on Film(映画批評、1947年頃) (1947年)

豆知識

  • 6歳のときに父が自動車事故で亡くなり、その体験が『A Death in the Family』の基になった。
  • 『Let Us Now Praise Famous Men』は初版刊行時はほとんど売れず在庫処分されたが、後に名著と評価された。
  • 『Permit Me Voyage』はイェール若手詩人シリーズで刊行された。
  • サミュエル・バーバーらがエイジーのテキストを音楽化している。
  • ノックスビルのある通りや公園にエイジーの名が残る。