世界・海外・国外の文学賞

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ジョン・ハワード・グリフィン

ジョン・ハワード・グリフィン

John Howard Griffin

プロフィール

性別
男性
生誕
1920-06-16 (アメリカ合衆国 テキサス州 ダラス)
死没
1980-09-09 (アメリカ合衆国 テキサス州 フォートワース) 60歳
国籍
アメリカ合衆国
言語
英語
宗教
カトリック 1952年受洗
居住地歴
ダラス(生誕地) → マンスフィールド(幼少期/生家) → フォートワース(後年の居住地) → メキシコ(1970年代、一時在住)

経歴

職業
作家, ジャーナリスト, 写真家
活動期間
1940年〜1980年
影響を受けた人物
トーマス・マートン, (宗教的・精神的関心を通じて影響を与えた人物)
影響を与えた人物
公民権運動の活動家や人種関係を論じるジャーナリスト, 後世の調査ジャーナリズムに影響を与えたとされる

学歴

ポワティエ大学
文学・言語学部 / フランス語・文学
期間: 1930s–1940s
国: フランス
フランスでフランス語・文学と医学を学んだ。詳細な卒業年不明。
ポワティエ医学校(École de Médecine)
医学部 / 医学
期間: 1930s–1940s
国: フランス
医学の学修歴ありだが最終学位の情報は不明。

受賞歴

パクム・イン・テリス賞
1964
主催: ダベンポート・カトリック人種間協議会
結果: 受賞

受賞・候補エディション

  1. 受賞作: Black Like Me

    『Black Like Me』は、白人の記者が肌を薬剤で黒くし、黒人としてアメリカ南部を旅した体験を記録したノンフィクションです。日記形式で、露骨な差別や日常的な屈辱、そして人種隔離の現実を、本人の揺れとともに伝えます。

    人種の境界を自ら越え、差別の実感を身をもって記したルポルタージュです。

    208ページ
    人種差別南部ノンフィクションルポルタージュ公民権

作品

代表作

ブラック・ライク・ミー

1961年 ノンフィクション(ルポルタージュ/社会調査) 224ページ

グリフィンが皮膚を薬で暗くするなどして一時的に黒人として南部を旅し、人種差別と分離の現実を記録したルポルタージュ。記事を経て書籍化されベストセラーとなった。

人種隔離(セグリゲーション)共感社会正義
映像化・舞台化
  • [映画] ブラック・ライク・ミー(同名映画) (1964)
翻訳
  • ブラック・ライク・ミー(日本語訳出版あり)

ヌニ(Nuni)

1956年 半自伝的小説 180ページ

ソロモン諸島での一年間の体験をもとにした半自伝的作品。民族誌的関心と孤立の記述が特徴。

異文化理解孤立民族誌

悪魔は外に乗る(The Devil Rides Outside)

1952年 小説 200ページ

若いアメリカ人作曲家がフランスの修道院でグレゴリオ聖歌を学ぶ物語。初期の小説作品。

音楽宗教自己探求

全著作

  • The Devil Rides Outside(1952)
  • Nuni(1956)
  • Land of the High Sky(1959)
  • Black Like Me(1961)
  • The Church and the Black Man(1969)
  • A Hidden Wholeness: The Visual World of Thomas Merton(1970)
  • Twelve Photographic Portraits(1973)
  • Jacques Maritain: Homage in Words and Pictures(1974)
  • A Time to be Human(1977)
  • The Hermitage Journals(1981)
  • Follow the Ecstasy: Thomas Merton, the Hermitage Years, 1965–1968(1983, 死後出版)
  • Scattered Shadows: A Memoir of Blindness and Vision(2004, 死後出版)
  • Available Light: Exile in Mexico(2008, 死後出版)

翻案

  • ブラック・ライク・ミー(1964年の映画化)
  • Uncommon Vision(2011年のドキュメンタリー、50周年記念)

作品の翻訳

  • ブラック・ライク・ミー(日本語訳、複数版あり)

作風・主題

文体
ルポルタージュ的写実的エッセイ風写真と文章の融合
頻出モチーフ
人種とアイデンティティ視力と盲目のモチーフ宗教と精神性旅と変容

健康

  • 脊髄マラリア(malaria)/一時的対麻痺
    1940s
    第二次世界大戦中に罹患し一時的に下半身麻痺状態となったが回復した。後の健康問題の一要因となる。
  • 視力喪失(後に回復)
    1946–1957(視力回復の時期は1957)
    1946年頃から視力を失い1957年に回復したとされる。視覚的経験は作風と写真への関心へ影響を与えたが、視力喪失については研究者の間で議論がある。
  • 2型糖尿病
    1970s–1980(末期)
    晩年の健康を損ない、合併症により1980年に死去した主要因とされる。

評価・遺産

『ブラック・ライク・ミー』はアメリカの人種問題を可視化した影響力ある作品であり、公民権運動の文脈で広く読まれ続けている。グリフィンはジャーナリズムと著作を通じて人種理解と社会正義の議論に貢献した。

記念館・博物館

  • ハリー・ランサム・センター(ジョン・ハワード・グリフィン・コレクション) テキサス大学オースティン校、オースティン、テキサス州

関連学会

  • カトリック人種間協議会(関連の賞授与団体として)

資料所蔵先

  • ハリー・ランサム・センター(ジョン・ハワード・グリフィンコレクション)
  • テキサス・キウ研究所系のアーカイブや私蔵コレクション(複数)

大衆文化への影響

  • 1964年の映画化(ブラック・ライク・ミー)
  • 2011年の記念ドキュメンタリー『Uncommon Vision』

引用

  • 私は黒人として生きることを試して、分離というものが日常生活にどう影響するかを知りたかった。
    出典: Black Like Me(1961) (1961年)

豆知識

  • 黒人に見せるためにメトキサレン(Oxsoralen)や日光療法などの処置を受けて肌を暗くした。
  • 視力喪失とその後の回復については研究者間で議論がある。
  • 第二次世界大戦中、フランス抵抗運動に参加し医療活動を行ったとされる。
  • 公民権運動期にKKKから暴行を受けた記録が残る。
  • 『ブラック・ライク・ミー』はベストセラーとなり、多数の版が出された。