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第9回(1971年) 受賞受賞作: Hope Against Hope
ナデジダ・マンドルスタムの回想録『Hope Against Hope』の英訳。詩人オシップ・マンドルスタムとその家族がソ連体制下で受けた迫害とそれに抗う記憶を克明に綴り、個人の証言を通じて体制の暴力と歴史の傷跡を明らかにする作品である。
回想録記憶と証言ソヴィエト史迫害と生存
マックス・ヘイワード
マックス・ヘイワード
Max Hayward
別名:
Harry Maxwell Hayward
プロフィール
- 性別
- 男性
- 生誕
- 1924-07-28 (ロンドン)
- 死没
- 1979-03-18 (オックスフォード) 54歳
- 国籍
- イギリス
- 言語
- 英語, ロシア語(翻訳で使用)
- 居住地歴
- ロンドン → リヴァプール → オックスフォード → モスクワ(在勤) → プラハ(留学) → リーズ
経歴
- 職業
- 翻訳者, 講師, ロシア文学研究者
- 活動期間
- 1945年〜1979年
- 所属
- セント・アントニーズ・カレッジ(オックスフォード大学), リーズ大学, 英国大使館(モスクワ), マグダレン・カレッジ(オックスフォード大学)
- 影響を受けた人物
- コンスタンス・ガーネット, ロシア現代文学の諸作家
- 影響を与えた人物
- ストローブ・タルボット(学生、外交官), 英語圏のロシア文学翻訳者・研究者
学歴
| 学校 | 学部 | 学科 | 学位 | 期間 | 国 |
|---|---|---|---|---|---|
| マグダレン・カレッジ(オックスフォード大学) | 文学部(当初ドイツ語、後にロシア語) | 言語・ロシア語 | First-class undergraduate degree | 1942–1945 | イギリス |
| カレル大学(プラハ) | — | ロシア語研究(短期) | — | 1946–1947 | チェコ(当時チェコスロヴァキア) |
マグダレン・カレッジ(オックスフォード大学)
文学部(当初ドイツ語、後にロシア語)
/ 言語・ロシア語
学位:
First-class undergraduate degree
期間:
1942–1945
卒業年:
1945
国:
イギリス
奨学金で入学。最終的にロシア語に専攻を変え、第一級の成績で卒業。
カレル大学(プラハ)
ロシア語研究(短期)
期間:
1946–1947
国:
チェコ(当時チェコスロヴァキア)
1946–1947年に学んだ。学位取得の記録は不明。
受賞歴
| 年 | 賞名 | 対象作品 | 部門 | 主催 | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1971 | PEN翻訳賞 | 翻訳業績 | — | PEN | 受賞 |
PEN翻訳賞
1971
対象作品:
翻訳業績
主催:
PEN
結果:
受賞
受賞・候補エディション
作品
代表作
ドクトル・ジヴァゴ(翻訳、共訳:Manya Harari)
1957年 小説(翻訳)ボリス・パステルナークの長編小説を英語に翻訳した代表作(ハリ・マックスウェル・ヘイワードと共訳)。ロシア革命とその後の混乱の中での個人の愛と運命を描く。
愛革命個人と歴史
映像化・舞台化
- [映画] ドクトル・ジヴァゴ(映画) / David Lean (1965)
翻訳
- パステルナーク『ドクトル・ジヴァゴ』英訳(Harari & Hayward)
アイザック・バベル作品の英訳(代表的編集・共訳)
短編集(翻訳)アイザック・バベルの短編作品を英語に紹介・翻訳。ロシア・ユダヤ社会や革命期の人物像を生き生きと伝える。
暴力革命ユダヤ人社会
ロシア詩人・作家の英訳(マヤコフスキー、マンドルスタム、アフマトワ等)
詩・随筆・回想録の翻訳マヤコフスキー、ナジェージダ・マンドルスタム、アンナ・アフマトワなど多数のロシア語作品を英語に翻訳し、英語圏でのロシア文学理解に貢献した。
政治と詩迫害と記憶
全著作
- Harari, Manya & Hayward, Max 共訳『ドクトル・ジヴァゴ(英訳)』
- アイザック・バベル作品集(編集・翻訳)
- マヤコフスキー詩集 翻訳
- ナジェージダ・マンドルスタム回想録等 英訳紹介
翻案
- 『ドクトル・ジヴァゴ』の映画化(原作の英訳は英語圏での普及に影響)
作家による翻訳
- ロシア語→英語の翻訳多数(パステルナーク、バベル、マヤコフスキー等)
作品の翻訳
- パステルナーク『ドクトル・ジヴァゴ』英訳(Harari & Hayward)
作風・主題
- 文体
- 原語のリズムと語感を尊重した、英語として自然な文体注釈や紹介で背景知識を補う解説的手法
- 頻出モチーフ
- 歴史と個人記憶と証言政治と言語
評価・遺産
ヘイワードは20世紀中盤から後半にかけて、英語圏でのロシア文学受容に大きく貢献した翻訳者・学者として評価される。コンスタンス・ガーネット以来の有力なロシア語→英語の翻訳者と評され、専門書・紹介文を通じてロシア文学の理解を広げた。
引用
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「コンスタンス・ガーネット以来の、英語へのロシア散文の最良かつ最も多産な翻訳者である」と評されることがある。
出典: Literary Translation in Russia: A Cultural History(引用経由) (1997年)
豆知識
- モスクワ訪問中、駐英大使のスターリン面会の通訳を務める機会があったが、あまりに緊張して言葉が出なかったという逸話がある。
- 1957年からパステルナーク『ドクトル・ジヴァゴ』の英訳に着手し、マンヤ・ハラリと共訳を行った。
- 1971年にPEN翻訳賞を受賞している。