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第12回(1928年) 受賞受賞作: The Bridge of San Luis Rey
ペルーの橋の崩落で命を落とした五人の人生をたどりながら、偶然と運命、愛と喪失、死の意味を問い直す長編。小さな災厄から、人間のつながりの普遍性を引き出す哲学的な物語である。
一つの崩落事故が、生の意味そのものを照らし出す。
144ページ運命偶然死信仰
ソーントン・ワイルダー
ソーントン・ニーヴェン・ワイルダー
Thornton Niven Wilder
プロフィール
- 性別
- 男性
- 生誕
- 1897-04-17 (アメリカ合衆国 ウィスコンシン州 マディソン)
- 死没
- 1975-12-07 (アメリカ合衆国 コネチカット州 ハムデン) 78歳
- 国籍
- アメリカ合衆国
- 言語
- 英語
- 居住地歴
- ウィスコンシン州マディソン(出生) → 香港・上海(子供時代、父の駐在に随行) → カリフォルニア州 オハイ(The Thacher School 在学) → イタリア(ローマ滞在、The American Academy in Rome) → コネチカット州ハムデン(長年の居住地) → アリゾナ州ダグラス(一時滞在、長編執筆期)
経歴
- 職業
- 劇作家, 小説家, 翻訳家, 教員
- 活動期間
- 1920年〜1975年
- 所属
- ロー렌スヴィル・スクール(教員), シカゴ大学(教員), ハーバード大学(客員教授、チャールズ・エリオット・ノートン講座), アルファ・デルタ・ファイ(文学会), PEN International(第2次大戦期 戦時国際委員会活動)
- 所属団体
- PEN International(戦時国際委員会), アルファ・デルタ・ファイ
- 影響を受けた人物
- ダンテ・アリギエーリ, ガートルード・スタイン, ジャン=ポール・サルトル, ジェイムズ・ジョイス
- 影響を与えた人物
- アーサー・ミラー, テネシー・ウィリアムズ
学歴
| 学校 | 学部 | 学科 | 学位 | 期間 | 国 |
|---|---|---|---|---|---|
| バークレー高校 | — | — | — | 〜1915 | アメリカ合衆国 |
| オーバリン・カレッジ(在学) | — | — | — | 1915–1916 (在籍) | アメリカ合衆国 |
| イェール大学 | — | 人文学部 | Bachelor of Arts | 1917–1920 | アメリカ合衆国 |
| アメリカ学術アカデミー(ローマ) | — | 考古学・イタリア語研究(短期滞在) | — | 1920–1921 | イタリア |
| プリンストン大学 | — | フランス文学 | Master of Arts | 1924–1926 | アメリカ合衆国 |
受賞歴
| 年 | 賞名 | 対象作品 | 部門 | 主催 | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1928 | ピューリッツァー賞(小説部門) | 『サン・ルイス・レイ橋』 | 小説 | ピューリッツァー賞委員会 | 受賞 |
| 1938 | ピューリッツァー賞(演劇部門) | 『アワー・タウン(私たちの町)』 | 演劇 | ピューリッツァー賞委員会 | 受賞 |
| 1943 | ピューリッツァー賞(演劇部門) | 『ザ・スキン・オブ・アワ・ティース』 | 演劇 | ピューリッツァー賞委員会 | 受賞 |
| 1957 | ドイツ書籍取引平和賞 | — | — | ドイツ書籍取引協会 | 受賞 |
| 1960 | エドワード・マクダウェル・メダル | — | — | マクダウェル・コロニー | 受賞 |
| 1963 | 大統領自由勲章 | — | — | アメリカ合衆国政府 | 受賞 |
| 1968 | ナショナル・ブック・アワード(フィクション) | 『第八の日』 | 小説 | ナショナル・ブック・ファウンデーション | 受賞 |
受賞・候補エディション
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第1回(1928年) 受賞受賞作: サン・ルイス・レイの橋 (The Bridge of San Luis Rey)
18世紀初頭のペルーを舞台に、崩落した吊り橋の事故で命を落とした数人の人生を追う連作的長編。修道士の調査を通じて五人の生い立ちや運命の連鎖を回想的に織り、人間のつながり、愛、信仰、倫理的問いを深く掘り下げる。
運命宗教・信仰人間の相互関係哲学
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第20回(1938年) 受賞受賞作: Our Town
ニューハンプシャー州グローバーズ・コーナーズの小さな町を舞台に、平凡な市民の日常を静謐に追う叙事劇。舞台監督の語りを通じて生と死、時間の流れ、日常の尊さが普遍的な視点で描かれ、観客に人生の意味を問いかける。
この戯曲のタイトルは『Our Town』です。ここはニューハンプシャー州グローバーズ・コーナーズの町です。
日常生活共同体生と死郷愁 -
第24回(1943年) 受賞受賞作: The Skin of Our Teeth
アントロバス家を中心に、人類の歴史的危機(洪水・氷河・戦争)を寓話的に再現する反復劇。メタ劇的手法とユーモアを交えながら人間の再生力と文明の脆さ、家族の絆を壮大かつ風刺的に描く。
寓話人類史再生家族
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第6回(1952年) 受賞受賞作: The Bridge of San Luis Rey (サン・ルイス・レイの橋)
『The Bridge of San Luis Rey』は橋の崩落により命を落とした人々の人生をたどり、偶然と宿命、愛や連帯の意味を哲学的に問う物語。小さな出来事の背後にある人間存在の普遍性を探る作品として知られる。
運命共同体愛と喪失哲学的探求
作品
代表作
『サン・ルイス・レイ橋』
1927年 小説(哲学的小説) 176ページペルーの橋の崩落で亡くなった数名の人生を回想し、その死の意味を探る物語。無辜の人々に不幸が起きる理由を哲学的に問う。
- [映画] 『サン・ルイス・レイ橋』 / Mary McGuckian (2004)
- [映画] 『サン・ルイス・レイ橋』 (1944)
- 『サン・ルイス・レイ橋』
『アワー・タウン(私たちの町)』
1938年 戯曲(演劇) 64ページ架空の町グローバーズ・コーナーズを舞台に、日常の営みを通じて人生の普遍性と生の尊さを描く三幕の戯曲。舞台監督(Stage Manager)による語りが特徴。
- [映画] 『私たちの町(Our Town)』 / Sam Wood (1940)
- 『アワー・タウン(私たちの町)』
『ザ・スキン・オブ・アワ・ティース』
1942年 戯曲(寓話劇) 136ページアントロバス一家を中心に人類史を寓話的に描く三幕劇。文明の危機や再生を繰り返す歴史観を提示する実験的な作品。
- 『ザ・スキン・オブ・アワ・ティース』
『第八の日』
1967年 小説 400ページ小さな町の人々を通じて存在や運命、宗教的・哲学的問題を扱う晩年の長編。1968年にナショナル・ブック・アワードを受賞した。
- 『第八の日』
『イデス・オブ・マーチ』
1948年 歴史小説 256ページジュリアス・シーザー暗殺をめぐる人々と出来事を再構成した歴史的フィクション。古代ローマを舞台に政治と人間性を描く。
- 『イデス・オブ・マーチ』
『セオフィラス・ノース』
1973年 小説 320ページ中年期の物語で、若い主人公がさまざまな人々と出会い人生と道徳について考える。1973年刊、後に映画『Mr. North』の原作となる。
- [映画] 『ミスター・ノース』 / Danny Huston (1988)
- 『セオフィラス・ノース』
全著作
- 『カバラ』 (1926)
- 『サン・ルイス・レイ橋』 (1927)
- 『アンドロスの女』 (1930)
- 『ヘヴンズ・マイ・デスティネーション』 (1935)
- 『アワー・タウン』 (1938)
- 『ザ・スキン・オブ・アワ・ティース』 (1942)
- 『イデス・オブ・マーチ』 (1948)
- 『第八の日』 (1967)
- 『セオフィラス・ノース』 (1973)
翻案
- 『アワー・タウン』 — 1940年映画化
- 『サン・ルイス・レイ橋』 — 映画化(1944年、2004年ほか)
- 『セオフィラス・ノース』 — 映画『Mr. North』(1988)
作家による翻訳
- アンドレ・オベ(戯曲の英訳)
- ジャン=ポール・サルトル(戯曲の翻訳)
作品の翻訳
- 『サン・ルイス・レイ橋』 — 複数言語へ翻訳
- 『アワー・タウン(私たちの町)』 — 各国語版あり
- 『第八の日』 — 日本語訳等あり
作風・主題
- 文体
- 簡潔で寓話的な語り口劇的場面と語りの融合ミニマリズム的舞台描写
- 頻出モチーフ
- 日常の尊さと普遍性時間と死共同体と家族
健康
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心不全(死因)19751975年12月7日に自宅で心不全のため死去
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筆詰まり(創作上のスランプ)制作時期不特定(例:『Our Town』執筆時の行き詰まり)執筆に影響を与えたが、期間を経て克服し完成させた
評価・遺産
ワイルダーは20世紀アメリカの重要な劇作家・小説家であり、ピューリッツァー賞を3度受賞するなど文学と演劇に大きな影響を残した。『アワー・タウン』は学校教育や演劇で広く上演され続けている。
関連学会
- The Thornton Wilder Society(関連学会・研究会)
資料所蔵先
- ヨール大学 ビーインケク文庫(Thornton Wilder Papers)
- ハリー・ランサム・センター(Thornton Wilder Collection)
- シカゴ大学 特別資料室(Thornton Wilder 関連資料)
大衆文化への影響
- 『アワー・タウン』は学校演劇や地域劇場で頻繁に上演される定番作品となった
- 『ザ・マッチメーカー』改作はミュージカル『ハロー、ドリー!』の原作となり大衆文化へ波及した
引用
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しかしすぐに私たちは死ぬだろう。そして五人のことは地上から消え去るだろう。だが愛は十分であった。唯一の生存、唯一の意味は愛である。
出典: 『サン・ルイス・レイ橋』 (1927年) -
果たして人は生きている間に人生を完全に実感することがあるのだろうか。
出典: 『アワー・タウン』 (1938年)
豆知識
- ピューリッツァー賞を小説1回、演劇2回の計3回受賞した
- 1963年にアメリカ合衆国大統領自由勲章を受章
- 学生時代や若年期に中国(香港・上海)で暮らした経験がある
- 第二次世界大戦中は米軍空軍情報部で中佐まで昇進し従軍した
- 4言語に堪能で、戯曲の翻訳も行った