World Literary Awards

← Back to awarded works
プロヴァンスの少女: ミレイユ (岩波文庫 赤 570-1)

ノーベル文学賞

プロヴァンスの少女: ミレイユ (岩波文庫 赤 570-1)

フレデリック・ミストラル

叙事的長詩『ミレイユ(Mirèio)』はプロヴァンスの風土や民俗を描写し、オック語を用いて地域の伝統と自然を豊かに表現した作品。地域文化の復興と民俗的題材の文学的価値を示した代表作である。

叙事詩オック語プロヴァンス地域文化恋愛悲劇

Work Information

プロヴァンスの恋と風土を歌い上げた長詩。

Book Information

Publisher
岩波書店
Published
1977-07-18
Pages
327 pages
Language
日本語
Size
14.8 x 10.6 x 1.4 cm
ISBN-13
9784003257012
ISBN-10
4003257014
Price
1332 JPY
Category
本/文学・評論/評論・文学研究/外国文学研究/フランス文学

Amazonでミストラル, 杉 冨士雄のプロヴァンスの少女: ミレイユ (岩波文庫 赤 570-1)。アマゾンならポイント還元本が多数。ミストラル, 杉 冨士雄作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。またプロヴァンスの少女: ミレイユ (岩波文庫 赤 570-1)もアマゾン配送商品なら通常配送無料。

Reviews

  • 後半に首をかしげる

    知合いに本を一冊紹介された。この本は何でもプロヴァンス語で書かれているらしく、そのこと故興味をもったみたいだ。ただし内容は読んでいないらしく、私がこの本を読んでみることにした。 プロヴァンス語というのはフランスの一部の地域において使用されている言語であり、その言語を使用した作品ではこれがもっとも有名らしい。なんでもプロヴァンス語の絶え間ない集積があるとかないとかでこの作品はノーベル賞をとったみたいだ。フランス語に飲み込まれかかっているマイナーな言語を復権させたとかで文学史的に一定の地位があるみたいだ。 しかしながら、そういった歴史背景を一切無視して、純粋に一つの作品として捉えた場合、私はこの作品に対して高い評価を下すわけにはいかない。 まず、プロヴァンス地方の自然描写とかは確かに豊かだが、シュティターの項目でも描いたように、文学において場景描写を取り扱うのは不利である。どんなに巧みな描写でも絵には絶対にかなわないからだ。また、途中やや不自然に妖精といった空想的な産物が登場するが、これには何か理由があるのだろうか。プロヴァンス地方の童話からくるとかそんなんだろうか。また、終わりも今度はイエス・キリストが登場して女は臨終するが、これもけっこうひっかかる。なんで突然登場するのだろうか。(ネットのレビューでもけっこう否定的な意見がみられる) 内容は戀愛ものである。相思相愛の若い二人が身分の違い云々ですれ違うわけだが、純粋に描かれる人間関係だけを切り離してみれば、凡の域をでない。いくらでも見られそうな筋書である。 総合的にみて読みたければどうぞ、というのが私の他人に薦める際の推薦文となる。

  • ラストのまとめ方はどうしても気に入りませんでした。

    (ネタばれはしないようにしています) 前半の二人の愛の語らいはセリフ、場面設定ともに素晴らしくって心温まりました。 しかし、ラストで天使がミレイユに言ったセリフは私には差別意識と偏見に満ちているように思われ、不満が残り、ラストでのミレイユも自分のことを話す一方で悲しむヴァンサンを慰めようともしないのに興ざめでした。ヴァンサンを置き去りにするような言い方でした。 「終わり良ければ全て良し」と言いますが、前半の出来がいいだけにすごく残念です。 ラストにもうちょっとましな理由をつければ上質な悲劇になったと思います。 もし、ラストを変更した小説があれば、ぜひとも読みたいところです(古い小説だから無理かな、せめて映画化でも)。 てなわけで、前半部に★5つ、ラストに-2つです。

  • これは ひどい

    最後を除けば素晴らしい。ラスト以外は、ノーベル文学賞も納得です。特に書くことはありません。★5つ。 結末が酷過ぎる。★1つ、というか1つたりともやりたくないです。 突如現れた聖女様とやらの、悪い意味でキリスト教道徳にたっぷり染まったお説教にすっかり言いくるめられ、 この世でのヴァンサンとの幸福にあっさり興味を失うミレイユさん。(あんなに愛し合っていたのに) 死なないでと嘆く恋人を一人、この世に残していくことを、何ら厭うそぶりすら見せず、「死ぬってなんて幸福なのかしら」と言わんばかりに、聖女様とやらが見えるわなどと電波なうわごとを繰り返しながら、いよいよヒロインは絶命します。 残されたヴァンサンや両親が只ただ可愛そう。何より聖女とやらの偽善に吐き気を催します。 私としてはここでミレイユには、聖女とやらの声を断ち切って、あくまでこの世で彼と生きる意思を示してほしかった。 それでもなお、彼女が死んでしまったとしても、それなら美しい悲恋になったかもしれないと思いました。 ただ注意しなければならないのは、これが書かれた時代の価値観です。 上の私の批判は、あくまで21世紀の、日本の、無宗教の読者によるものです。敬虔なクリスチャンが読んだのなら、大きく違った感想を抱くでしょう。というより寧ろ、そもそもこれは、そういった信仰に生きる人たちのために書かれたものなのかもしれません。 これだけ批判しておいてあれですが、俚言(patois)として貶められたオック語、プロヴァンス語の栄光を、今一度取り戻そうとした、作者の情熱や、その精神には大きく尊敬を抱いています。私のような小物の評価がどうであれ、これが、オック語文学、仏文学、いや世界文学(或いは歴史にも)に齎したものは、偉大であるという事は、およそ誰にも否定できないでしょう。 追記しますが訳文は非常に読みやすいです。日本語としても自然で、会話も生き生きとして,ヴァンサンとミレイユの瑞々しい初恋の様子が、よく伝わってきます。(結末を一度知ってしまえば、それすらも空々しく感じてしまいますが) 巻末にはミストラルやその活動、オック語(南仏語)についての詳しい解説や年表があります。それだけでも割合、この本を買う価値はあったと思いました。

  • ミレイユよ永遠に

    南フランス、プロヴァンス地方の自然の美しさを目の当たりにしているかの如くほうふつとさせる『プロヴァンスの少女―ミレイユ』です。プロヴァンスの少女、というのは邦題ですが、原題が主人公の少女の名前であるミレイユです。グノーの歌劇『ミレイユ』の原作ってことになるでしょうか。 さすがに原文のような韻文というわけにはいかないから翻訳では散文で書かれていますが、プロヴァンスの風物と主人公ミレイユとヴァンサンの純愛を美しく描いてあります。作者の、プロヴァンスという郷土への愛情が伝わってくるようです。前半の純愛部分は、ストーリーとしては一直線です。単純ではありますが、単純だからこそ二人が愛を育む様子は微笑ましく素敵です。 が、ラストの結末部分は評判が悪いようです。 ネタバレになりそうなので詳しくは解説できませんが、日本人は基本的に無宗教なので、著しくキリスト教的なラストの展開に拒絶反応を起こしてしまうのは仕方ないのかもしれません。 名作ではありますが、結末が日本人読者の好みに合うかどうかは保証できません。

  • ポール&ミシェル

    私も初めて読んだ時は、主人公の二人だけに注目し感情移入したので、 ラストの展開や会話が理不尽で納得し難い物語だと思いました。 しかし、何度も何度も読んで他の登場人物の配置や描写に触れてみると、 求婚者達の無念、若者達の喧嘩、親達の喧嘩、等が緻密に描かれており、 物語全体としては決してバランスに欠けるものではない・・・と感じました。 人間、神、自然に対する作者ミストラル詩人の視線は均等で愛情溢れてます。 〜ミレイユとヴァンサンだけが、この世を生きてる訳ぢゃないんだよ。〜 そんな声が文面から聞こえた気がします。 勧善懲悪・商業主義が主流の近代の映画や小説に毒されてしまうと、 「物語を味わった後の快適さ」 〜だけを求めがちなんですよね。 「Friends フレンズ(1970)」って映画をご存知でしょうか? 南仏カマルグを舞台に少年少女の恋愛と成長を描いた70年代の名作映画で、 小説もあり、「プロヴァンスの少女ミレイユ」との共通点も沢山含んでます。 まだ未見の方は、「カマルグの少女ミシェル」にも触れてみて下さいませ。

  • プロヴァンスを愛する人の必読書

    この本には、プロヴァンスのすべてが載っています。 古い伝説、歴史、忘れ去られていく伝承への愛惜、失われ行く郷土の 言葉への愛情。 ミストラルは、その回顧録でも、貶められた郷土の言葉に対する愛情と、すべてが科学万能となり、伝説、伝承が脇役となっていくことに対する深い憤りを吐露していますが、この作品も、郷土の伝承、伝説、文化、言語を守り抜こうとする、ミストラルの静かな信念が伝わってくる作品です。 『ミレイユ』を片手にプロヴァンスを旅することをお勧めします。

Related Literary Awards