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高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)

ヒューゴー賞

高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)

フィリップ・K・ディック

枢軸国が勝利した世界を舞台に、歴史の分岐点に生きる人々を描くSF小説。現実と虚構の境目が、作中の「本の中の本」によってさらに揺らぐ。

歴史改変反実仮想占領虚構SF

作品情報

もし歴史が違っていたら、私たちの現実も別の顔をしている。

Philip K. Dick の代表的な歴史改変SFで、占領下のアメリカと不確かな現実感を重ねる。現実の脆さを静かに侵食する、不穏さが際立つ。

書籍情報

出版社
早川書房
発売日
1984-07-31
ページ数
432ページ
言語
日本語
ISBN-13
9784150105686
ISBN-10
4150105685
価格
1716 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/文芸作品/英米文学

〔ヒューゴー賞受賞〕第二次世界大戦が枢軸国側の勝利に終わってから十五年、世界はいまだに日独二国の支配下にあった。日本が支配するアメリカ西海岸では連合国側の勝利を描く書物が密かに読まれていた……現実と虚構との間の微妙なバランスを、緻密な構成と迫真の筆致で描いた、D・K・ディックの最高傑作!

レビュー

  • TVドラマは改悪

    原作小説の方が面白い。TVドラマは話を複雑にし過ぎて焦点がボケました。

  • 目次がないのが不便 小説版とドラマ版どちらがいいかは賛否両論 日本人人物の感性は日本人的ではない。

    目次がないのが不便。 原作であるこちらのほうが日本文化に詳しく、また日本へのリスペクトを感じる。易占いが日本文化でないこともドラマと違って原作はちゃんと説明している。ただあまり日本人ぽい描写とは言えない。本音と建前みたいな文化は確かに日本にもあるが、世界の骨董品に関心を持つのはどちらかというと英国人っぽい。骨董品の感想感性や哲学もあまり日本人的とは言い難い。 おそらくディック氏は日本人の友人がいなかったので英国人の友人を参考にしたのかもしれない。 SF感はドラマのほうが勝る。原作であるこちらは日常や登場人物の主観等、地味である。 ドラマはだいぶ内容が改変されており、もはや別物。

  • 理解に苦しむ

    登場人物が多すぎて、しかも複雑な関係でなかなか理解に苦しむお話。

  • 【2017年12月加筆修正】プライムビデオのドラマとは設定が異なりますが無茶苦茶面白いです

    『ブレードランナー』『トータルリコール』『マイノリティリポート』の原作者による、第二次大戦で枢軸国が勝利したパラレルワールドの、1960年代北米を舞台にした小説です。 「本物と偽物の違いは何か」「本物であることに果たして意味があるのか」という問いが全編通して流れるのは、ディックの定番だなと思います。 プライムビデオで独占配信ドラマ化され米・英アマゾンでは大ヒット、少し遅れてドイツ語版が作成され独アマゾンでも大ヒット、かなり遅れましたが、日本国内では物議を醸しそうないろいろ不味いところをカットしたうえで日本アマゾンでも日本語版が公開され、またまた大ヒットとなった作品です。 ドラマ版は2017年11月現在、第2シーズンまで公開されていますが、2018年には第3シーズンも(少なくとも米国アマゾンでは)公開になる予定です。 『ブレードランナー』の続編が最近劇場公開になったことからも、同じ原作者の作品ということで、また注目が集まっているのではないでしょうか。 小説版とドラマ版、どちらも私としては無茶苦茶面白いと思っているんですが、両者はかなり設定が異なっています。 『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』と『ブレードランナー』以上に、いや『新世紀エヴァンゲリオン』と『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』くらい違う、という例えが正しいのでしょうか。 「どちらか一方だけでいいや、単純に小説をドラマ化しただけでどうせ同じでしょ」と思っていると、思い切り予想外の展開を見せていきます。 キーワードになる『イナゴ身重く横たわる』は、この小説版では「高い城の男」と呼ばれる謎の小説家の書いた大ヒット小説ですよね。 連合国が勝ったパラレルワールドを描いていることからナチス政府は「反逆的である」として禁書とし、作者の命を狙うナチスの工作員がウヨウヨしている一方で、帝国日本政府は「あくまでフィクションにすぎない」として黙殺しており、日本人の中には「ナチスが禁止してる本だってよ!」とかえって面白がって読みふけっている者までいるということになっています。 ですが、ドラマ版では日独およびそれらの傀儡政府に所持を禁止され地下で密かにやり取りされている、連合国が勝利した世界を映した謎の8ミリ(もしかしたら16ミリかも?)フィルムです。 そのフィルムを、レジスタンスの手を借りて「高い城の男」という謎の人物が配布・収集しているということになっています。 主人公の一人ジュリアナは、小説版では元夫のフランクとは既に離婚しているけれどもその姓を名乗ったままで、中立地帯で柔道のインストラクターをして生計を立てている「ジュリアナ・フリンク」です。 しかしドラマ版では、帝国日本の支配下にあるサンフランシスコで恋人フランクと同棲し、交通事故で大怪我を負ったことから長らく仕事はしていなかったのですが、だいぶ回復し「職探しでもしてみようかしら」と思いつつリハビリを兼ねた趣味の合気道の道場にも通っている「ジュリアナ・クレイン」です。 フランクは、「フランク・フリンク」という名前でサンフランシスコ在住、迫害を恐れユダヤ系であることを周囲には隠している人物という点は共通ですが、やはりかなり設定が異なります。 小説版では、元妻のジュリアナと離婚はしたものの未練を捨てきれず、それを意地やらテレやらでなんとか隠しながら表向きは建具工場、その実は骨とう品の贋作を作る秘密工場に勤めていたけれども、なんだかいろいろと嫌気がさして同僚のエドとともにベンチャーのアクセサリー製造工房を立ち上げた青年です。 ドラマ版では、恋人のジュリアナと同棲し、コツコツ趣味のメタルアクセサリー作りをしながら、合法的な骨とう品レプリカ(昔の拳銃のコピーのモデルガン)を作る工場にエドと一緒に勤めている青年となっています。 ジョーも、姓すら異なるほど設定が違います。 小説版では、ある日突然中立地帯に現れジュリアナと知り合うことになる、「長距離トラックの用心棒でイタリア系の元軍人ジョー・チナデーラ」と名乗っているナチスの工作員です。 ドラマ版では「レジスタンス活動のため自らナチス政権下のニューヨークからトラックを運転してきた青年ジョー・ブレイク」と名乗っているナチスの工作員で、やっぱり中立地帯でジュリアナと知り合います。 また、田上氏やバイネス/ヴェゲナー氏、チルダン氏の設定も少し違いますし、ドラマ版で重要なキーパーソンである、ジュリアナの種違いの妹(実の母とその再婚相手の娘)でレジスタンス活動をしているトルーディ、アメリカ人ながらナチスの傀儡国家の東アメリカのナチ党親衛隊支部高官にまで上り詰めたスミス氏、大日本帝国憲兵隊・駐サンフランシスコ本部の木戸氏(日本語音声でも英語音声でも、場面によって「大尉」と呼ばれたり「警部」と呼ばれたりしているのが謎です)は、小説版には存在すらしていません。 ドラマ版を見て原作が読みたくなった方は、以上の違いに注意して下さい。 さて、この小説版では先述の本物と偽物云々という以外にも、以下の3つの視点からストーリーが展開されていきます。 一つ目は、勤め人を辞めエドとともにベンチャーのアクセサリー工房を立ち上げたフランクの一代記と、そのフランクに影響されていくチルダンをはじめとした周りの人々の物語。 二つ目は、「高い城の男」の謎を探るジュリアナとジョーの冒険物語。 三つ目は、史実の米ソ同様に同盟国としてともに世界大戦に勝利したものの、冷戦に突入し、いつなんどき核戦争を起こしかねないという状態になった日独の国際政治ドラマ(田上氏やバイネス氏の話が中心)。 ディック作品の常として、これらの表面上のストーリーラインの下を流れる哲学は一貫して「本物と偽物の違い」に関する問いなのですが、その哲学の部分をあまり考えなくてもそれなりに楽しめるレベルなのは素晴らしいと思います。 最期の1ページまでドキドキハラハラが止まりませんでした。 本書では、ディックの長編では珍しく哲学の部分は控えめな主張となり、エンターテインメントの部分が強調されています。 是非、一読してディックの世界に足を踏み入れてみて下さい。 ただ文句をつけたいところが一点。 原語版で"Baron L. B. Kaelemakule"とされている人物がこの版では「鎌倉男爵」という名前になっていること。 実際、日本のファミリーネームとしてはおかしい名前を付けられている人物が数多く日本人設定で本書には登場しています。 しかし、"Kaelemakule"はそうした明らかな設定ミスとは異なり、ネイティブハワイアンのファミリーネームとしてちゃんと実際に存在している名前です。 史実の帝国日本には実は、李氏朝鮮王家の血縁者である等の理由から、朝鮮籍で爵位を与えられた人物も数十名単位で存在していました。 この小説の世界では史実の「アメリカ合衆国」の領土のうちハワイ、アラスカ、グアム、ミッドウェイが外地領(史実の台湾・朝鮮と同じ状態、かつ、史実でもグアムが日本に占領されていた時期が短期間あります)、アメリカ西海岸が日本の傀儡国家(史実の満州国と同じ状態)になっているようなので、この「カエレマクレ男爵」は旧ハワイ王国時代のカメハメハ/カラカウア/ルナリロ3王家いずれかの末裔であることから爵位を与えられた人物なのではないかと思います。 まあこの男爵はいてもいなくてもストーリーにはあまり関係しない人物であり、実際ドラマ版にも少なくとも第2シーズンまでは一回も登場していないのですが、そこ以外は本当に好きな作品です。 【2017年12月加筆修正済】

  • ディックは日本通か?

    メインの登場人物の1人は日本人であり、ナチスに対する描き方よりもかなり好意的である。ドナルドキーンの著作からの引用もある。ラストシーンは少し曖昧な描き方で、スッキリしないが、読者に考えさせる謎を残したというべきか?

  • 複数の見方ができる楽しい小説

    読む前のイメージはドイツと日本がWW2で買った場合を描いた本でしたが、実際に読んでみると物の真贋や同じ形をした物でも実際には違うことを描いた本だなあという印象を受けました。 あとは現代の白人至上主義と真逆に白人が戦争に負けただけで弱者扱いになって白人であることに劣等感を持ってるのが感慨深かった。 その反面、タオについてはサッパリでした。 作中に登場する道(タオ)の考え方はユング心理学のシンクロニシティに近い考えらしいのでタオに興味持った方はユング心理学調べてみるといいんじゃないかと思います。 電気羊より読みやすいと他のレビューにあるようにたしかに電気羊より読みやすい印象です。 あと理解できないというレビューがいくつか見られますが、 表現の仕方が少し癖のある感じなので理解できない人がいるのはそのせいかなと。 内容がてんこもりなせいで理路整然としてるとは言えないんですよね。

  • ビデオを先に見た

    小説の世界よりもより凝った作り込みで、原作の方が分かりにくかった。 設定は面白いけれども、フィルムにした点でビデオが勝っていると思う。

  • 因果

    最初はアメリカ人が日本とドイツに戦争で負けた世界で、日本とドイツに再度戦争して勝つお話なのかな?と思って読んでいたけれど、そんなことはなかった。 序盤はロバート・チルダンというアメリカ人の話が主流。 この人物がただの商売人で「日本人嫌い、でも、ビジネスパートナーだし、戦勝国だから相手してやる」といった感じで、本書の世界の世知辛さを体現している。 だから、それだけの物語なのかと勘ぐってしまい、展開が少し退屈だと感じた。 だが、読み進めていくにつれ、出てくる登場人物同士が間接的に影響し合い、自らの運命を変えていく。 あるものは人を救い、あるものは新境地に達し、そして、あるものは別の真実にたどり着く。 それらの過程が日本人なら歴史の教科書で誰もが知る『易経』という占いによって様々に作用しあい、選択していく。 登場人物は立場は違えど、圧倒的な権力に屈服せざる得ない人たちだ。その者共が悩み苦しみ結果にたどり着く、または導く。 中でも、主要な登場人物である田上とフリンクの関係性には深い因果を感じた。 物語全体として派手さはないし、解りやすい一筋物語があるわけではないけれど、『易経』を通じて織りなす様々な人々の物語とその結果は読んでいて引き込まれていった。 本書には仏教や哲学的なもの等々の小難しいセリフが多い。 作中にロバート・チルダンが、ある日本人から”無(ウー)”に関することを熱心に説明されるシーンがあるのだが、ロバートはよくわかってなかった。 ぶっちゃけ、私もロバートと同じ状態だった。 単に教養がないだけ、本書を読み込めてないだけだと言われれば、ぐうの音もでないが... 以上のように多少小難しい話があるので取っつきにくい、読みにくいかもしれないが、 個人的に以上に述べた要素が好みであれば読んで損はないと断言できる。

  • That's great book!

    Thank you for my package in coming home is here!!1

  • I am sure I will enjoy the American version

    I did not realize the book was in Japanese. I shall be returning it due to that reason. I seen the series on Amazon. I am sure I will enjoy the American version.

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