世界・海外・国外の文学賞

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ブラート・オクジャヴァ

ブラート・オクジャヴァ

Bulat Okudzhava

プロフィール

性別
男性
生誕
1924-05-09 (モスクワ, ソビエト連邦)
死没
1997-06-12 (クラマール, フランス) 73歳
国籍
ソビエト連邦, ロシア
言語
ロシア語
居住地歴
モスクワ(出生・活動拠点) → トビリシ(少年期・大学) → ペレデルキノ(ダーチャ、創作活動) → パリ/クラマール(晩年、死没)

経歴

職業
ミュージシャン, 詩人, 編集者, 小説家, 短編作家, シンガーソングライター
活動期間
1946年〜1997年
所属
出版社「モロダーヤ・グヴァルディヤ(若き衛士)」, 週刊誌「リテラトゥルナヤ・ガゼータ」詩歌部門責任者, 共産党(ソ連、〜1990)
所属団体
ソビエト連邦共産党(〜1990)
影響を受けた人物
フランスのシャンソニエ(例:ジョルジュ・ブラッサンス), アルメニア詩人ヴァハン・テリアン(家族を通じた影響)
影響を与えた人物
セルゲイ・ニキーチン(歌手), エレーナ・フロロワ(歌手), ガリーナ・コムチク(歌手)

学歴

トビリシ国立大学
期間: 1944-1950
卒業年: 1950
国: ジョージア(当時:トランスコーカサスSFSR)
第二次世界大戦後に復学・卒業。卒業後は教員などを務めた。

受賞歴

ロシア・ブッカー賞(Booker-Open Russia)
1994
対象作品: 『ショーは終わった』
主催: Booker-Open Russia 実行委員会
結果: 受賞
ソ連国家賞
1991
主催: ソ連政府
結果: 受賞

受賞・候補エディション

  1. 受賞作: 生涯業績(Golden Wreath受賞)

    本受賞はオクジャーヴァの詩と歌曲による生涯の業績を評価したもの。語りかけるような抒情と日常の情感、歴史の記憶を簡潔な言葉で表現し、広い聴衆に影響を与えた。

    抒情日常歴史

作品

代表作

『ショーは終わった』

1993年 小説

ソ連後期の人間像を描いた小説。作者の半自伝的要素を含み、社会の変化と個人の生き方を題材にしている。

記憶社会変動個人と歴史

『ノクターン(アミラン・アミラフヴァリ少尉の記録より)』

1978年 小説

主人公の回想を通じて戦後の人生や哀愁を描く作品。

戦争と記憶ノスタルジア

『特命係シポフの奇妙な冒険』

1973年 長編・風刺小説

風刺とユーモアを交えた冒険小説。歴史的人物や出来事を題材にしている。

ユーモア歴史の再解釈

『センチメンタル・マーチ(歌)』

1964年 作者歌(バードソング)

ゆったりした旋律と詩的な歌詞が特徴の代表的な曲。映画『私が二十歳のとき』で使用された。

思い出時間移り変わり
映像化・舞台化
  • [映画] 『私が二十歳のとき』 / Марлен Хуциев / Marlen Khutsiev (1964)

全著作

  • 『アート・オブ・ニードルと罪』
  • 『秘密情報員シポフの奇妙な冒険』
  • 『ノクターン』
  • 『自由の味』
  • 詩集・歌曲集 約200曲

翻案

  • 映画『白い砂漠の太陽』等、多数の映画で歌詞・曲が使用
  • 楽曲のカバー多数(セルゲイ・ニキーチン、エレーナ・フロロワ等)

作品の翻訳

  • 『ノクターン』英訳
  • 『特命係シポフの奇妙な冒険』英訳
  • 短編・抜粋の英訳(各種アンソロジー)

作風・主題

文体
親密で会話的な語り口フォーク/バードの伝統と詩的言語の融合簡潔で叙情的な表現
頻出モチーフ
旅と放浪記憶とノスタルジア戦争と喪失都市(アルバート通りなど)と人間関係ギターと歌

評価・遺産

オクジャヴァは「作者歌(バード)」ジャンルの創始者の一人であり、ロシア語圏で広範な影響を残した。彼の詩と歌は知識人層や一般大衆双方に支持され、多数のカバーや映画使用を通じて文化的定着を果たした。ペレデルキノのダーチャは博物館化され、モスクワのアルバート通りには記念碑がある。小惑星3149番は彼に因んで命名された。

記念館・博物館

  • ペレデルキノのオクジャヴァ・ダーチャ博物館 ペレデルキノ(モスクワ郊外)

資料所蔵先

  • ヴァガンコヴォ墓地(記念場所)

大衆文化への影響

  • 多くの歌手によるカバー/再録
  • 映画での楽曲使用(例:『私が二十歳のとき』『白い砂漠の太陽』)
  • 小惑星3149番『Okudzhava』

豆知識

  • 作曲した歌曲は約200曲に上るとされる。
  • 1994年に小説『ショーは終わった』でロシア・ブッカー賞を受賞。
  • 1991年にソ連国家賞を受賞。
  • 晩年はフランス(クラマール)で没し、遺骸はモスクワのヴァガンコヴォ墓地に埋葬された。
  • ペレデルキノのダーチャは公開博物館になっている。