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第29回(1945年) 受賞受賞作: アドアノの鐘 (A Bell for Adano)
第二次世界大戦下のイタリア占領地で、米軍の行政官が住民の信頼を取り戻そうとする物語。実務と共感の両面から、戦争のなかで市民性と尊厳をどう守るかを描く。
軍政と住民生活のあいだで、信頼を築こうとする人間を描く戦時小説。
269ページ戦争占領行政倫理市民性
ジョン・ハーシー
ジョン・リチャード・ハーシー
Jon Hāshī
プロフィール
- 性別
- 男性
- 生誕
- 1914-06-17 (天津(中国))
- 死没
- 1993-03-24 (キーウェスト、フロリダ州(アメリカ合衆国)) 78歳
- 国籍
- アメリカ合衆国
- 言語
- 英語, 中国語(幼少期に習得)
- 宗教
- プロテスタント
- 居住地歴
- 天津(中国) — 幼少期 → ブライアークリフ・マナー(ニューヨーク州) — 学童期 → ニューへイブン(コネチカット州) — イェール大学・教職 → マサチューセッツ州マーサズ・ヴィニヤード(ヴィンヤード・ヘイブン) — 長年の居住地 → キーウェスト(フロリダ州) — 冬の別宅(没地)
経歴
- 職業
- ジャーナリスト, 小説家, 教員(イェール大学), ルポライター, 戦時記者
- 活動期間
- 1937年〜1993年
- 所属
- Authors League of America(アメリカ作家リーグ), American Academy of Arts and Letters(アメリカ芸術文学アカデミー), イェール大学(教員・ピアソン・カレッジ・マスター)
- 所属団体
- American Academy of Arts and Letters(会員・総長に選出)
- 影響を与えた人物
- ミチコ・カクタニ(ジャーナリスト), ジーン・シスケル(映画評論家), ジェイコブ・ワイズバーグ(ジャーナリスト)
学歴
| 学校 | 学部 | 学科 | 学位 | 期間 | 国 |
|---|---|---|---|---|---|
| イェール大学 | — | — | BA | — | アメリカ合衆国 |
| クレア・カレッジ(ケンブリッジ) | — | — | — | — | イギリス |
イェール大学
学位:
BA
国:
アメリカ合衆国
在学中にYale Daily Newsに関わり、Skull and Bonesのメンバーだった
クレア・カレッジ(ケンブリッジ)
国:
イギリス
メロン奨学生として大学院研究で在籍
受賞歴
| 年 | 賞名 | 対象作品 | 部門 | 主催 | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1945 | ピューリッツァー賞(フィクション) | 『アダノの鐘』(A Bell for Adano) | — | ピューリッツァー賞選考委員会 | 受賞 |
| 1950 | ナショナル・ジュイッシュ・ブック賞 | 『ザ・ウォール』 | — | Jewish Book Council | 受賞 |
| 1950 | ヒルマン賞(ジャーナリズム) | 『ザ・ウォール』 | — | Sidney Hillman Foundation | 受賞 |
| 1985 | イェール大学名誉講座・ジョン・ハーシー賞(名誉) | — | — | イェール大学 | 名誉 |
ピューリッツァー賞(フィクション)
1945
対象作品:
『アダノの鐘』(A Bell for Adano)
主催:
ピューリッツァー賞選考委員会
結果:
受賞
ナショナル・ジュイッシュ・ブック賞
1950
対象作品:
『ザ・ウォール』
主催:
Jewish Book Council
結果:
受賞
ヒルマン賞(ジャーナリズム)
1950
対象作品:
『ザ・ウォール』
主催:
Sidney Hillman Foundation
結果:
受賞
イェール大学名誉講座・ジョン・ハーシー賞(名誉)
1985
主催:
イェール大学
結果:
名誉
受賞・候補エディション
ピューリッツァー賞
1回登壇
ピューリッツァー賞(フィクション部門)
1回登壇
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第1回(1945年) 受賞受賞作: A Bell for Adano
第二次世界大戦中、イタリアの占領地で米軍の行政官が住民の生活と尊厳を回復しようと奮闘する物語。行政の実務と共感を通して戦争下の人間性と正義が掘り下げられる作品。
戦争と占領行政と倫理共感と人道主義コミュニティ再建
アニスフィールド=ウルフ賞
1回登壇
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第16回(1951年) 受賞受賞作: The Wall
ワルシャワ・ゲットーと生存を描く戦争小説。
ワルシャワ・ゲットーホロコースト小説生存
アンバサダー・ブック・アワード
1回登壇
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第3回(1988年) 特別賞受賞作: Blues
文化や記憶、個人の経験を主題にした随想や短篇を集めた作品。ヘルシーの穏やかな筆致で戦後社会の断片を綴る。
文化音楽随筆
作品
代表作
『ヒロシマ』
1946年 ルポルタージュ/ノンフィクション広島に落とされた原子爆弾の被爆者6人の証言とその後を描いた長篇ルポルタージュ。刊行当初はThe New Yorkerの一号分の大半を占め、戦後の原爆認識に大きな影響を与えた。
戦争の悲劇生と死人間の回復力核兵器の倫理
『アダノの鐘』
1944年 小説(戦後文学)第二次世界大戦後のシチリアを舞台に、占領下の町を治める米軍将校と住民との交流を描く小説。人間味あふれる統治と復興が主題。
戦争と統治道徳とリーダーシップ共同体
映像化・舞台化
- [映画] 『アダノの鐘』(映画) / Henry King (1945)
『ザ・ウォール』
1950年 小説(戦争文学)第二次世界大戦の兵士たちの視点から戦争の現実を描いた短編連作的な小説。ワルシャワ・ゲットーの物語を扱った部分が著名。
戦争の体験記憶と証言倫理
『アルジェのモーテル事件』
1968年 ノンフィクション1967年デトロイトの暴動の最中に警察官が黒人を射殺した実事件を取材したノンフィクション。人種差別と警察暴力を追及する作品。
人種問題警察暴力社会正義
『コール』
1985年 小説両親が宣教師であった自身の家族史を元に、宣教師世代の生涯を描いた長編。中国での生活などが主題の一つになっている。
信仰と使命家族史文化交流
『ブルース』
1987年 小説・エッセイ混在マーサズ・ヴィニヤードでの暮らしや回想を織り交ぜた作品集。後年の回想録的要素を含む。
回想地域と生活老い
全著作
- 『Men on Bataan』, 1942
- 『Into the Valley』, 1943
- 『A Bell for Adano』, 1944
- 『Hiroshima』, 1946
- 『The Wall』, 1950
- 『The Marmot Drive』, 1953
- 『A Single Pebble』, 1956
- 『The War Lover』, 1959
- 『The Child Buyer』, 1960
- 『Here to Stay』, 1963
- 『White Lotus』, 1965
- 『Too Far To Walk』, 1966
- 『Under the Eye of the Storm』, 1967
- 『The Algiers Motel Incident』, 1968
- 『Letter to the Alumni』, 1970
- 『The Conspiracy』, 1972
- 『My Petition for More Space』, 1974
- 『The President』, 1975
- 『The Walnut Door』, 1977
- 『Aspects of the Presidency』, 1980
- 『The Call』, 1985
- 『Blues』, 1987
- 『Life Sketches』, 1989
- 『Fling and Other Stories』, 1990
- 『Antonietta』, 1991
- 『Key West Tales』, 1994(追補刊)
翻案
- 『A Bell for Adano』 — 1945年映画(監督:ヘンリー・キング)
- 『The War Lover』 — 1962年映画化(主演:スティーヴ・マックイーン/要出典)
作風・主題
- 文体
- 簡潔で抑制の効いた文体ノンフィクションに小説的手法を取り入れる長篇ルポルタージュ事実に基づく厳密な取材姿勢
- 頻出モチーフ
- 戦争とその影響個人の記憶と証言社会的正義と倫理
評価・遺産
ジョン・ハーシーは『ヒロシマ』をはじめとするルポルタージュとフィクションで高く評価され、20世紀アメリカの重要なジャーナリスト・作家の一人と見なされる。イェール大学での教育活動やジャーナリズム教育への貢献も大きい。
関連学会
- American Academy of Arts and Letters(アメリカ芸術文学アカデミー)
資料所蔵先
- イェール大学ビーネッケ文庫(John Hersey Papers)
大衆文化への影響
- 2008年のアメリカ郵便の「20世紀のジャーナリスト」切手シリーズでの顕彰
- イリノイ州アーリントンハイツにあるJohn Hersey High Schoolの校名
引用
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1945年8月6日、正確に午前八時十五分、原爆が広島の上空でほとばしった瞬間、東亜缶詰工場の人事部で働く佐々木俊子はちょうど席に座っており、隣の机の女の子に話しかけようとしていた。
出典: 『ヒロシマ』、The New Yorker(掲載号:1946年8月31日) (1946年)
豆知識
- 中国・天津で生まれ、幼少期に中国語を先に覚えた。
- イェール大学在学中にSkull and Bonesに所属していた。
- 1950年代にFBIの監視対象となったことがある(共産主義同調の疑い)。
- ヒロシマの原稿はThe New Yorkerの一号の大半を占め、出版史に残るルポルタージュとなった。
- イェール大学ピアソン・カレッジのマスターを務め、学生から高く評価された。
- 愛犬オリヴァーをハンズム・ダンXIとして一時的にマスコットに提供した。