世界・海外・国外の文学賞

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リンダ・グラント

リンダ・グラント

Rinda Guranto

プロフィール

性別
女性
生誕
1951-02-15 (イングランド、リヴァプール)
国籍
イギリス
言語
英語
宗教
ユダヤ教
居住地歴
イングランド、リヴァプール → イングランド、ヨーク → カナダ → イングランド

経歴

職業
小説家, ジャーナリスト
活動期間
1993年〜2024年
所属
ガーディアン, 王立文学協会
所属団体
王立文学協会フェロー (FRSL)
ノミネート
マン・ブッカー賞ロングリスト(2002, Still Here), マン・ブッカー賞ショートリスト(2008, The Clothes on Their Backs), オレンジ小说賞ロングリスト(2008, The Clothes on Their Backs), ジューイッシュ・クォータリー-ウィンゲート文学賞ショートリスト(2000), ベイルイズ・ウィメンズ・プライズ・フォー・フィクション・ロングリスト(2017, The Dark Circle)

学歴

ベルヴェデーレ学園
国: イギリス
中等学校
ヨーク大学
英語学科
学位: BA
期間: 1972-1975
卒業年: 1975
国: イギリス
マックマスター大学
英語学科
学位: MA
国: カナダ
英語修士課程
サイモン・フレイザー大学
国: カナダ
大学院研究

受賞歴

デイヴィッド・ハイアム賞
1996
対象作品: 鉄の海岸
部門: Fiction
結果: Winner
マインド年間最優秀書籍賞
1998
対象作品: 私をもう一度思い出させて
主催: マインド
結果: Winner
エイジ・コンサーン年間最優秀書籍賞
1998
対象作品: 私をもう一度思い出させて
主催: エイジ・コンサーン
結果: Winner
オレンジ小说賞
2000
対象作品: 私が近代時代に住んでいたとき
部門: Fiction
結果: Winner
レットル・ユリシーズ賞
2006
対象作品: 通りの人々:イスラエルの作家の視点
部門: Art of Reportage
結果: First Prize
サウス・バンク・ショー賞
2008
対象作品: 背中の服
部門: Literature
結果: Winner

受賞・候補エディション

  1. 受賞作: The Cast Iron Shore

    リヴァプールなど英国内の地域社会を背景に、家族関係や世代間の断絶・再生を描く長編。個人の記憶や移動の歴史を通じて、文化的・宗教的アイデンティティの綾を丁寧に掘り下げる。

    家族移民アイデンティティ都市と地方ユダヤ人コミュニティ
  1. 受賞作: When I Lived in Modern Times

    1946年にロンドンの若い美容師エブリンがパレスチナへ渡り、テルアビブで新国家の誕生に伴う理想と暴力、自己変容に巻き込まれていく歴史小説。

    若い美容師が、理想と危うさの入り混じるパレスチナへ渡る。

    272ページ
    戦後パレスチナテルアビブ移住と亡命国家形成アイデンティティ成長物語愛と政治

作品

代表作

私が近代時代に住んでいたとき

2000年 歴史小説

1940年代のパレスチナ委任統治領テルアビブを舞台に、若いイギリス人女性の体験を描いた小説。

アイデンティティ帰属シオニズム

背中の服

2008年 小説

家族の秘密と過去を探る物語。

家族史ユダヤ人背景

鉄の海岸

1995年 小説

辺境的なアイデンティティを持つ人物の物語、デビュー作。

疎外帰属

全著作

  • セクシング・ザ・ミレニアム:性的革命の政治史 (1993)
  • 私をもう一度思い出させて (1998)
  • 通りの人々:イスラエルの作家の視点 (2006)
  • 思慮深いドレッサー (2009)
  • 鉄の海岸 (1995)
  • 私が近代時代に住んでいたとき (2000)
  • スティル・ヒア (2002)
  • 背中の服 (2008)
  • 我々はそれをとても良く持っていた (2011)
  • パーティーの上階で (2014)
  • 暗黒の円 (2016)
  • 見知らぬ街 (2019)
  • 森の物語 (2023)

作風・主題

文体
ユダヤ人背景、家族史、リヴァプール史を強く反映した文体辺境性と帰属の問題を探求する声
頻出モチーフ
ユダヤ人アイデンティティ疎外と帰属歴史的文脈

評価・遺産

ユダヤ系リヴァプール出身のイギリス人小説家・ジャーナリスト。オレンジ小说賞(2000)受賞など、数々の文学賞を受賞。自身の文化的・家族的背景を作品に反映させた作風で知られる。

引用

  • 私はいつも作家として生計を立てたかったが、作家の仕事は得られなかったので、18歳の誕生日の直前に地元紙の記者として就職した。私は遅かれ早かれフィクションを書くつもりだったが、それがこんなに遅くなるとは思わなかった。40歳を過ぎてから初めて小説を書いた。それはユダヤ人であることに関連して、フィクションの声を見つけるのに時間がかかったからだ。
    出典: Wasafiri誌インタビュー (2009年)

豆知識

  • 両親はポーランド系ユダヤ人とロシア系ユダヤ人の移民出身で、1950年代初頭にグラント姓を採用した。
  • リヴァプールのユダヤ人コミュニティ出身で、「リヴァプールにユダヤ人がいたことを知らなかった」という人が多かった。
  • 母親の血管性認知症闘病記を書いた。