世界・海外・国外の文学賞

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村山 篤

むらやま あつし

Murayama Atsushi

プロフィール

性別
男性
生誕
1923-04-10 (ハワイ州マウイ島ラハイナ)
死没
2016-07-27 (ホノルル(報道による)) 93歳
国籍
アメリカ合衆国
言語
英語, 日本語(理解・翻訳業務など)
居住地歴
ラハイナ(マウイ島) → プウコリーイ(砂糖プランテーションのキャンプ) → ホノルル(大学在学・帰郷) → ワシントンD.C. → サンフランシスコ

経歴

職業
小説家, 劇作家
活動期間
1959年〜2008年

学歴

ハワイ大学
英語・哲学
学位: B.A.
期間: 1939-1946 (中断・復学等あり)
卒業年: 1946
国: アメリカ合衆国
高等学校卒業後進学、第二次世界大戦前後を含む在学・復学の経緯あり
コロンビア大学
中国語・日本語研究(大学院)
学位: M.A.
期間: 1948-1950
卒業年: 1950
国: アメリカ合衆国
G.I.法による進学、大学院で中国語・日本語を専攻

受賞歴

アメリカ書籍賞
1980
対象作品: All I Asking for Is My Body(邦訳なし)
主催: ビフォア・コロンブス財団
結果: 受賞
ハワイ文学賞
1991
主催: ハワイ州
結果: 受賞

受賞・候補エディション

  1. 受賞作: All I Asking for Is My Body

    ハワイの移民コミュニティを舞台にした小説。家族の絆、貧困、文化的誇りと葛藤を通して、日系二世の視点を描く。

    家族のあいだで引き裂かれる誇りと、暮らしの現実が真正面からぶつかる。

    110ページ
    長編小説移民体験家族労働

作品

代表作

All I Asking for Is My Body

1975年 小説

貧しい日系アメリカ人一家が第二次世界大戦前後のハワイの砂糖プランテーションで生きる姿を描く長編。家族の負債、孝行義務、植民地的・経済的圧力、そして若者の自立が主要な主題である。物語は三部構成で、主人公キヨの成長と家族との葛藤を追う。

家族移民経験植民地的労働アイデンティティ
映像化・舞台化
  • [演劇(戯曲化)] All I Asking for Is My Body(戯曲版) (1989)

Five Years on a Rock

1994年 小説(前日譚)

『All I Asking for Is My Body』の前日譚にあたり、1914年から1935年までの家族の歴史を描く。移民夫妻とその子供たちの生活、プランテーションでの労働とコミュニティのあり方を扱う。

移民史家族の起源プランテーション生活

Plantation Boy

1998年 小説

物語はトシオ(後にスティーブと名乗る)の視点で語られ、プランテーションでのボクシングや建築家としての道など、家族史の一断面を描く。

個人の成長労働と職業家族の義務

Dying in a Strange Land

2008年 小説

異郷での死や孤立、移民世代と子世代の断絶と連続について考察する後年の長編作品。

孤立世代間の断絶

全著作

  • All I Asking for Is My Body(1975)
  • Five Years on a Rock(1994)
  • Plantation Boy(1998)
  • Dying in a Strange Land(2008)
  • 短編「I'll Crack Your Head Kotsun」(The Arizona Quarterly 1959, The Spell of Hawaii 1968)

翻案

  • All I Asking for Is My Body(戯曲化・1989)
  • Yoshitsune(劇、1977)

作風・主題

文体
現実主義的な語りハワイのピジン(クレオール)を取り入れた会話文地方色の強い描写
頻出モチーフ
家族の義務と対立プランテーションの日常忠誠と自己決定

評価・遺産

村山の代表作はハワイの日系アメリカ人の生活を写実的かつ方言を活かして描いた作品として評価され、地域文学や米国における移民文学の重要な位置を占める。大学出版による再刊で批評的評価を獲得し、カルト的な支持を得た。

豆知識

  • ニセイ(二世)として生まれた。
  • 太平洋戦争中に軍の情報部で通訳として台湾に派遣された経験がある。
  • 代表作『All I Asking for Is My Body』は1975年刊、1980年にアメリカ書籍賞を受賞、1988年に大学出版で再刊され批評的評価を得た。
  • 作品にはハワイのピジン(クレオール)が多用されているが、非ネイティブ読者にも読めるよう配慮された文体となっている。
  • 1991年にハワイ文学賞を受賞した。