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トシオ・モリ

Toshio Mori

プロフィール

性別
男性
生誕
1910-03-03 (カリフォルニア州オークランド)
死没
1980-04-12 (カリフォルニア州サンレアンドロ) 70歳
国籍
アメリカ合衆国
言語
英語
居住地歴
カリフォルニア州サンレアンドロ(育成) → カリフォルニア州ベイエリア(生涯の多く)

経歴

職業
作家, 短編作家
活動期間
1938年〜1980年
影響を受けた人物
エマーソン(言及あり), 明窓(影響が指摘される日本の思想家)
影響を与えた人物
日本系アメリカ人作家全般(短編の伝統に寄与)

受賞歴

アメリカン・ブック・アワード
1986
対象作品: Yokohama, California(ヨコハマ・カリフォルニア)
主催: ビフォア・コロンブス財団
結果: 受賞

受賞・候補エディション

  1. 受賞作: Woman from Hiroshima

    広島出身の女性の視点を通じて原爆の影響とその後の生活を描く作品。被爆者の経験を若い読者に伝え、戦争と平和の問題を考えさせる内容である。

    原爆被爆者平和記憶
  1. 受賞作: Yokohama, California

    日系アメリカ人の経験を短篇でたどる作品。戦前戦後の生活、移動、帰属の揺らぎを、抑制の効いた語りで描く。

    帰属の揺らぎが、静かな短篇の連なりの中に浮かぶ。

    166ページ
    短編日系アメリカ文学アイデンティティ記憶

作品

代表作

Yokohama, California(ヨコハマ・カリフォルニア)

1949年 短編小説集

日系アメリカ人の日常と文化的緊張を描いた短編集。戦前・戦後のコミュニティの生活やアイデンティティを温かみを持って描写する作品群。

アイデンティティ家族移民の生活ユーモアと悲哀
翻訳
  • 第2版(1985年、University of Washington Press)

The Chauvinist and Other Stories(ザ・ショービニスト 他短編)

1979年 短編集

多様な人物と状況を通して人間関係や文化的摩擦を描く短編集。時にユーモラスで時にシニカルな視点を持つ作品を収める。

日常の中の葛藤文化的摩擦コミュニティ

Woman from Hiroshima(広島からの女性)

1980年 短編/戯曲風作品集

広島や戦争の余波を背景に、個人の喪失や記憶を扱った作品。戦争の影響を受けた登場人物たちの心理を掘り下げる。

戦争と記憶喪失和解

全著作

  • New Directions in Prose & Poetry(寄稿)、Otter Valley Press、1938年
  • Yokohama, California、Caxton Printers、1949年(第2版 1985年)
  • Trek(編集、Topaz収容所のジャーナル、1942–1943年)
  • Woman from Hiroshima、Isthmus Press、1979年
  • The Chauvinist and Other Stories、UCLA Asian American Studies Center、1979年

翻案

  • 短編のラジオ化「Baseball」(California Legacy Projectによる短いラジオ脚本)

作品の翻訳

  • Yokohama, California(第2版、University of Washington Press、1985年)

作風・主題

文体
日常の些細な出来事を通じて人間性を描く平易で親しみやすい文体楽観的な視点(特に収容所時代の作品に見られる)ユーモアと哀愁を併せ持つ語り口
頻出モチーフ
アイデンティティと同化の問題家族と近隣コミュニティ戦争と収容の記憶日常的なユーモア

評価・遺産

トシオ・モリは、日系アメリカ人の生活を描いた短編で知られる先駆的作家であり、初期の日系アメリカ人作家の中で最も早く単行本を出版した人物の一人と評価される。戦時中の収容経験やその後の地域社会を描いた仕事は、日系アメリカ文学研究で重要な位置を占める。

大衆文化への影響

  • 短編のいくつかはアンソロジーやラジオ脚本として取り上げられている。

豆知識

  • 1910年にオークランドで生まれ、サンレアンドロで育った。
  • 第二次世界大戦中、ユタ州のTopaz収容所に収容され、ジャーナル『Trek』の編集に携わった。
  • 1949年に『Yokohama, California』を出版し、1986年に同作でアメリカン・ブック・アワードを追贈で受賞した。
  • 生涯の多くを家族経営の園芸業(nursery)で働きながら執筆活動を行った。