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第21回(1939年) 受賞受賞作: Barn Burning
南部の貧しさと暴力の連鎖のなかで、少年サーティが父への忠誠と自分の正義感のあいだで揺れる短編。アブナー・スノープスの放火癖を軸に、家族の結びつきがそのまま倫理の試練になる。
父を守るのか、正義を選ぶのか。少年の沈黙が最後の決断へと向かう。
25ページ家族の忠誠階級対立倫理の目覚め南部の暴力 -
第31回(1949年) 受賞受賞作: A Courtship
南部の先住民社会を舞台に、若い男がひとりの女性をめぐって競い合う物語。神話的な遠さと口承的な語りが重なり、恋愛の筋立ての向こうに、共同体の力学と欲望の張りつめた空気が立ち上がる。
恋の競争が、共同体の輪郭まで浮かび上がらせる。
14ページ先住民社会恋愛共同体口承
ウィリアム・フォークナー
ウィリアム・フォークナー
Uiriamu Fōkunā
プロフィール
- 性別
- 男性
- 生誕
- 1897-09-25 (ミシシッピ州ニューオールバニ)
- 死没
- 1962-07-06 (ミシシッピ州バイヘイリア) 64歳
- 国籍
- アメリカ合衆国
- 言語
- 英語
- 居住地歴
- ニューオールバニ(出生) → オックスフォード(主たる居住地) → ニューオーリンズ(短期間滞在) → ハリウッド / カリフォルニア(脚本業) → バイヘイリア(没地)
経歴
- 職業
- 小説家, 短編作家, 脚本家, 詩人
- 活動期間
- 1920年〜1962年
- 影響を受けた人物
- ウィリアム・クラーク・フォークナー(曾祖父), シャーウッド・アンダーソン, ジェイムズ・ジョイス, チャールズ・ディケンズ, ドストエフスキー, シェイクスピア
- 影響を与えた人物
- ガブリエル・ガルシア=マルケス, カルロス・フエンテス, マリオ・バルガス=リョサ, コーマック・マッカーシー, トマス・ピンチョン, ユードラ・ウェルティ(励ましの手紙を送った縁)
学歴
| 学校 | 学部 | 学科 | 学位 | 期間 | 国 |
|---|---|---|---|---|---|
| ミシシッピ大学 | — | — | — | 1919–1920 | アメリカ合衆国 |
受賞歴
| 年 | 賞名 | 対象作品 | 部門 | 主催 | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1949 | ノーベル文学賞 | — | — | スウェーデン王立アカデミー(ノーベル財団) | 受賞 |
| 1955 | プルリッツァー賞(フィクション) | ア・フェイブル(A Fable) | — | コロンビア大学(ピューリッツァー賞委員会) | 受賞 |
| 1963 | プルリッツァー賞(フィクション) | ザ・リーヴァーズ(The Reivers) | — | コロンビア大学(ピューリッツァー賞委員会) | 受賞(没後) |
| 1951 | 全米図書賞(National Book Award) | Collected Stories(短編集) | — | 全米図書財団 | 受賞 |
| 1955 | 全米図書賞(National Book Award) | ア・フェイブル(A Fable) | — | 全米図書財団 | 受賞 |
| 1951 | レジオンドヌール勲章(シュヴァリエ) | — | — | フランス政府 | 叙勲 |
受賞・候補エディション
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第42回(1949年) 受賞受賞作: 響きと怒り (The Sound and the Fury)
ノーベル文学賞は、フォークナーの作品群が持つ実験性と南部史への視線を評価するもので、単独の一冊ではなく作家の全体像を示すエントリとして扱う。
一冊ではなく、作家全体の仕事が評価された。
実験的手法南部文学記憶時間
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第1回(1955年) 受賞受賞作: A Fable
第一次世界大戦を寓話的に扱い、権力、道徳、贖罪を多層的に描く長編。フォークナー特有の時間操作と多視点の語りにより、歴史的事件を通じて人間の罪と救済の可能性を探る難解かつ思想的に深い作品である。
戦争寓話権力と道徳南部文学 -
第1回(1963年) 受賞受賞作: The Reivers
南部の少年たちの夏の冒険を描くユーモラスで郷愁を帯びた長編。友情と成長、地域の風景が暖かく描かれ、フォークナーの穏やかな語り口が冴える作品。
南部文学冒険成長郷愁
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第8回(1962年) 受賞受賞作: The Sound and the Fury (響きと怒り)
『響きと怒り』はコンプソン家の衰退を、多視点かつ内的独白で描く実験的長編。断片化された時間構造と語りの不安定さを通じて、記憶・罪・南部社会の道徳的崩壊を濃密に表現した代表作である。
南部ゴシック家族崩壊記憶と時間意識の流れ
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第47回(1963年) 受賞受賞作: The Reivers
ルシアス少年、ブーン、ネッドの小さな冒険を通じて、南部の空気と成長の手触りを描くピカレスク長編。軽快さの裏に、責任や道徳の輪郭が静かに浮かぶ。
少年の冒険譚が、南部の記憶と成長の物語に変わる。
305ページ成長冒険南部道徳ノスタルジア
作品
代表作
サウンド・アンド・ザ・フューリー
1929年 モダニズム小説 326ページコムプソン家を中心に語られる多声的で実験的な語りを特徴とする作品。時間の流れや記憶、家族の崩壊を主題とする。
我が子を縛る者(As I Lay Dying)
1930年 実験的小説 / モダニズム 256ページバーンズ一家の母の葬送行を巡る家族それぞれの一人称断片が交錯する。死と生、家族の絆が描かれる。
ライト・イン・オーガスト
1932年 南部ゴシック 400ページ人種問題やアイデンティティ、孤独を扱う長編。複数の人物の物語が交錯し、南部社会の苦悩を描写する。
ア・フェイブル
1954年 寓話的長編 512ページ第一次世界大戦を背景に、キリスト教の受難や英雄性の寓話的モチーフを融合した野心的な作品。
ザ・リーヴァーズ
1962年 郷愁的長編 / コメディ・ドラマ 192ページ老人が少年時代の冒険を語る形のノスタルジックな長編。軽やかな語り口で南部の風俗を描く。
- [映画] ザ・リーヴァーズ(映画) / Mark Rydell (1969)
全著作
- Soldiers' Pay(1925)
- Mosquitoes(1927)
- Sartoris / Flags in the Dust(1929 / 原題復元1973)
- The Sound and the Fury(1929)
- As I Lay Dying(1930)
- Sanctuary(1931)
- Light in August(1932)
- Absalom, Absalom!(1936)
- If I Forget Thee, Jerusalem / The Wild Palms(1939)
- The Hamlet(1940)
- Go Down, Moses(1942)
- Intruder in the Dust(1948)
- A Fable(1954)
- The Town(1957)
- The Mansion(1959)
- The Reivers(1962)
翻案
- ザ・リーヴァーズ(1969年映画、監督:マーク・ライデル)
- To Have and Have Not(1944、脚本への寄与)
- The Big Sleep(1946、脚本への寄与)
作品の翻訳
- 『サウンド・アンド・ザ・フューリー』(日本語訳)
作風・主題
- 文体
- 実験的な文体意識の流れ複数視点の語り南部ゴシック
- 頻出モチーフ
- 記憶と時間家族と遺産人種と階級罪と贖罪
健康
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転倒による血栓症/心臓発作1962年(晩年)1962年に馬からの落馬により血栓症を発症し、同年心臓発作で死亡した。
評価・遺産
フォークナーは20世紀アメリカ文学、特に南部文学を代表する作家であり、その実験的文体とヨクナパトーファ郡という巨大な架空世界は多くの作家に影響を与えた。ノーベル賞受賞後も後進の育成に資金を寄付し、PEN/Faulkner賞などの系譜を残した。
記念館・博物館
- ローワン・オーク(フォークナー邸) オックスフォード、ミシシッピ州、アメリカ 1972年開館
関連学会
- フォークナー研究センター(University of Virginia 関連資料所蔵)
- Center for Faulkner Studies(Southeast Missouri State University)
資料所蔵先
- バージニア大学 アルバート&シャーリー・スモール特別コレクションライブラリ
- ハリー・ランサム・センター
- ミシシッピ大学アーカイブ(Rowan Oak関連資料)
大衆文化への影響
- 1969年の映画『ザ・リーヴァーズ』はフォークナーの小説を原作とする
- 1987年にアメリカ郵便公社がフォークナーの記念切手を発行
引用
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この賞は私という人間にではなく、私の作品—人間精神の苦闘と汗の生み出した人生の仕事—に与えられたものだと感じる。
出典: ノーベル賞受賞演説 (1950年) -
資本主義体制の下で生きる限り、私の人生は金持ちの要求に影響されるだろう。しかし私は、切手に二セントを投じる旅する盗人の召し使いでいるつもりはない。
出典: 大学郵便局長辞職の手紙(1923年) (1923年)
豆知識
- 出生時の姓は「Falkner」だったが、誤植などを経て「Faulkner」を使用するようになった。
- 第一次世界大戦中にカナダ王立航空隊(RAF Canada)に入隊したが、実戦に出ることはなかった。
- ノーベル賞の賞金の一部を新しい小説家を支援する目的で寄付し、ウィリアム・フォークナー財団設立に繋がった。
- 若いころオックスフォードの大学で短期間職を務め、1923年に郵便局長を辞任した際の辞表が有名である。