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密やかな結晶 (講談社文庫 お 80-1)

ナショナル・ブック賞(翻訳文学)

密やかな結晶 (講談社文庫 お 80-1)

小川 洋子

『密やかな結晶』は、ある島で鳥や花、写真、記憶までもが少しずつ消えていく世界を描く長編小説である。忘却を強いる権力のもとで、小説家の語り手は編集者をかくまい、失われるものを言葉に留めようとする。

ディストピア記憶検閲小説家喪失

作品情報

消えていくものを忘れないことが、最後の抵抗になる。

島では物が消えるたび、人びとの記憶からもその意味が抜け落ちていく。消滅を受け入れる社会の中で、忘れない人びとは警察に追われ、語り手は秘密の部屋で文学と記憶を守ろうとする。

レビュー要約

  • 静かな文体で全体主義的な恐怖を描く点が高く評価されている。派手な説明を避けるため不気味さが持続し、寓話としても記憶と創作の物語としても読まれている。

書籍情報

出版社
講談社
発売日
1999-08-10
ページ数
401ページ
言語
日本語
サイズ
10.8 x 1.6 x 14.8 cm
ISBN-13
9784062645690
ISBN-10
4062645696
価格
8 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/文芸作品/日本文学

2019年度「全米図書賞」翻訳部門、2020年度「英国ブッカー国際賞」最終候補作。『博士の愛した数式』など数々の話題作で知られる著者が描く、澄明に描く人間の哀しみ。記憶狩りによって消滅が静かにすすむ島の生活。人は何をなくしたのかさえ思い出せない。何かをなくした小説ばかり書いているわたしも、言葉を、自分自身を確実に失っていった。有機物であることの人間の哀しみを澄んだまなざしで見つめ、空無への願望を、美しく危険な情況の中で描く傑作長編。

小川洋子(おがわようこ)…岡山市生まれ。早稲田大学文学部卒。1988年「揚羽蝶が壊れる時」で海燕新人文学賞を受賞。91年「妊娠カレンダー」で芥川賞、2004年『博士の愛した数式』で読売文学賞、本屋大賞、同年『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花賞、06年『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞、13年『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。著書に『猫を抱いて象と泳ぐ』『原稿零枚日記』『人質の朗読会』『最果てアーケード』『いつも彼らはどこかに』『琥珀のまたたき』などがある。

レビュー

  • 興味があり

    読むのが楽しいです

  • 誤植が残念

    講談社にも連絡済みで次回重版で正しい表記に変更されるそうですが、Amazonで購入した2022年3月30日第7刷62頁の後ろから4行目に「瓜切り」とあり、文脈的に「爪切り」だと思う誤植が残念でした。

  • 独特な世界観

    友達のおすすめで購入。独特な世界観が癖になります。設定や雰囲気とても好きです。

  • 感想

    女性的な感性が紡ぐ柔らかく繊細な物語。その裏で蠢く毒は不穏な居心地の悪さがあり、先が気になる構成でした。しかし、積み上げたものに反して、カタルシスはなく回収する感情もない、何とも尻すぼみなバドエンには、思考のコストを払わず雰囲気で煙に巻かれた残念さがありました。

  • 胸に迫る作品

    古びない名作。本当に素晴らしい。

  • ややネタバレあり

    穏やかな日常に漂う不安とあきらめ。消失や死などの喪失感。何かが消えることと、秘密警察から隠れ続けることが同時に進行していって、最後に何か救いのある温かい終わりもあるかと思いきや、まさかの主人公まで消えるというね。めちゃくちゃ面白いという小説ではないけれど、近代文学のような(例えば川端康成とか)静謐な美しさのある本でした。

  • 淡々と

    語られる消失と記憶の物語。アンネの日記を想起しながらでも、あえてせずとも。出版社さん、冒頭から9%くらいの箇所に「階段」「段階」の誤植あります。

  • 「結晶」というのは大事な記憶が昇華した標本のようなもの

    日本で1990年代に書かれてから四半世紀を経て登場した小川洋子の「密やかな結晶」の英訳本。 ノーベル文学賞への登竜門という噂のあるマン・ブッカー賞の最終候補に残ったという作品です。 英訳の題名は「The Memory Police」 たしかに、物語は秘密警察が島で人々の記憶の消滅に関わっているのですがあまりにも捻りがない。 「密やかな結晶」の方が、何か深遠な意味が置かれているようで素敵に感じるのですが。。 物語は、空想的な島で社会の集団的認識が概念ごと一つ一つ消滅していき、それに伴い不随している記憶も同時に消滅するということがおきていきます。 登場人物には名前が記されていません。作家である主人公「わたし」と編集者「R氏」と「おじいさん」の三人で物語は回っています。 記憶警察から逃れるための狭い秘密の部屋での出来事が、物語の重要な意味を抱え込んでいるのです。 (これは小川洋子の作家になることになった原点が「アンネの日記」にあるという事と関連しているそうです) 個人的なインスピレーションではありますが、「結晶」というのは大事な記憶が昇華した標本のようなものではないかと考えました。 簡単には消失させたくない、密やかに大事にとり置かれた純粋な結晶という意味です。 この物語の中の概念の消失というのは、いろいろな比喩に置き換えることが可能です。 この物語から読み取るべきアレゴリーは、現代の社会兆候からの視点で考えると、情報操作による歪んだ世界の俯瞰的な眺めではなく、そのもっと先にある概念自体が忘れ去られていく世界の物語かも知れないということ。(恐ろしい未来ですが) 実際的な話に戻すと、人はすでに失ったものには、案外気づいていないのではないかと。 生きている時は人の感情は定まったものではなく、生きていく中で様々に変化したりしていくものですが、その人が閉じてしまうとそれは定まった(確定した)概念として記憶されています。 ただこの物語の島の人々は記憶自体が消されてしまうので、喪失した後の日常を、肯定はしないまでもそのまま受け止めて生活をしています。 ある意味これは非常に恐ろしいことではあります。 昨今のフェイクニュースに始まる個人の価値観のすり替えが、疑似認知への巧みな操作によって容易にすり替えることが可能になりつつある時代に、英語圏の批評家達にはたまらなく魅力的に映ったのではないかと考えました。 カテゴリ化すれば村上春樹の、比喩に中に展開する物語と同じ感触。 読み手の中に物語の膨らみを与えるという手法でも。 その物語の中に読者を引きずり込む文章の力量はさすがです。 ただ、村上春樹の作品と一つ違うところは、あまりにも静かに丁寧に物語が描かれていて、料理の中の香辛料にあたるちょっとした微妙な違和感がないと言う事です。 喉の中を通り過ぎる時のゴツゴツ感というか。 しかし、小川洋子のファンにとっては逆に、そういう部分が大切な魅力となっているのでしょうが。 追加。 主人公の書いていた小説の中で登場する失語症の「わたし」は、物語とパラレルに動いていきますが、その自由を奪われた「わたし」と主人公である消滅していく「わたし」は最後に見事なまでに同質化して物語に深みを与えています。 不思議な余韻が深く持続していく小説。 「博士の愛した数式」と同じ「記憶」に関連しているようですが、こちらの物語の方は普遍的で大きなテーマを示しています。

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