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死者の軍隊の将軍 (東欧の想像力 5)

パク・キョンニ文学賞

死者の軍隊の将軍 (東欧の想像力 5)

イスマイル・カダレ

第二次大戦後、戦死者の遺骨を回収するためアルバニアを訪れた外国の将軍と司祭の旅を描く長編。死者を掘り起こす作業は、戦争の記憶、加害の歴史、征服者への屈辱を呼び戻す寓話となる。

戦争の記憶寓話アルバニア遺骨収集加害と喪失

作品情報

掘り起こされるのは遺骨だけではなく、戦争が残した敵意と記憶である。

イスマイル・カダレの国際的名声を高めた代表作。アルバニアの山野を進む将軍の任務を通じ、死者を国家の名誉に回収しようとする発想そのものを皮肉る。日本語版は松籟社『東欧の想像力』の一冊として刊行。

レビュー要約

  • 戦後処理をめぐる異様な任務を通じ、戦争の愚かさと加害者の自己欺瞞を描く寓話として評価されている。淡々とした旅の描写が、やがて重い倫理的問いへ変わる。

書籍情報

出版社
松籟社
発売日
2009-10-01
ページ数
301ページ
言語
日本語
ISBN-13
9784879842725
ISBN-10
4879842729
価格
2310 JPY
カテゴリ
本/文学・評論

Amazon.co.jp: 死者の軍隊の将軍 (東欧の想像力 5) : イスマイル カダレ, Kadare,Ismail, 伊知郎, 井浦: 本

レビュー

  • 非常に暗い戦争に関する小説

    何処の国か特定されてない将軍がアルバニアに赴き、現地の司祭とともに戦争で死んだ兵士の遺骨を収集するとういあらすじ。劇的なことは何も起こらず、静謐に淡々と物語が進行し、発掘される一つ一つの遺骨に歴史があり、戦争とは何かを問いかけ、また途中で出くわす結婚式で生とは何かという提起がなされ、翻って人間にとって生死とは何かが問われていると思いました。書かれたのは1963年だそうですが些かも風化してないような印象を持ちました。 一語一語彫琢された文章は厳粛で襟を立てて読んでしまう雰囲気でした。少しユーモアがあった方がいいと思うけどこういう暗く透徹した文章も悪くないと思います。レムでもそうだけど、東欧の作家あまり読まないけので判りませんがこういう感じの作品が多いのでしょうか。

  • 回収しきれないもの

    ある本で、本書の翻訳が絶賛されていたので気になって購入。イスマイル・カダレはアルバニアを代表する作家。第一回国際ブッカー賞受賞。 本書は、第二次大戦中にアルバニア国内で戦死した自国軍の遺骨を回収するために、某国(おそらくイタリア)の将軍と司祭が、アルバニア各地を巡るというお話。旅の中で二人は、自国軍兵士とアルバニア人との間に起こった、さまざまなエピソードを掘り起こすことになる。 暗く陰鬱な話ではあるのだが、どこか幻想的で夢の中にいるような空気感。落ち着きのある静かな語り口、美しい状況描写と相まって、映画館で美しい欧州映画でも見ているような感覚になる。 本書で興味深かったのは、某国司祭の語る「アルバニア人イメージ」の扱い方。本書では、事あるごとに、以下に引用したような、司祭による「アルバニア人とはこういうもの」という語りが入る。初めは私も「へーそういうもんなんだ」と受け取っていたが、読み進めるごとに「本当にそういう理解でいいの?」と疑問がわき始める。 そうやって、だんだんと疑問がわきはじめたころ、以下に引用したようなくだりが登場する。アルバニア人の「民族心理」を語る司祭と、それを「たわごと」と斬って捨てる、アルバニア人技師との会話のシーン。 ―「ちょうど君たちのところの慣習について話していた」司祭は静かな口調でそう言った。 技師は一人微笑んだ。 「今、復讐について話を聞いていたところさ」将軍が言った。「民族心理の観点から見て、実に面白い」 「私はそうは思いませんがね」技師は言った。「復讐でアルバニア人の心理が説明できると思う外国人は時々いますがね、失礼ながらそんなものは、ただのたわごとですよ」 「そうかね」と司祭が言った。 「復讐の問題にやたらと執心なさる外国人もいますね。それも何かしら理由あってのことです。―(pp.154) このあたりから、だんだん、司祭の語る「アルバニア人イメージ」は鵜呑みにできず、そこからは一定の距離を置いて読んだほうがよさそうだということがわかってくる。 物語が進むにつれて、将軍と司祭が遭遇する様々な事件や、掘り起こされた様々なエピソード。それらはいずれも、司祭が語るようなステレオタイプな「アルバニア人イメージ」では回収しきれない「何か」が残るお話ばかりである。 確かに、アルバニア人特有の気質や慣習もあるのだろう。司祭の言う「復讐」の要素もあるのだろう。だが、それだけでは回収しきれない機微が、「アルバニア人イメージ」の隙間から、徐々に、徐々に姿を現してくる。そういった他者理解の過程こそが、本書の大きな読みどころの一つなのだと思う。 ネタバレになるので、詳細な内容や結末は書かないが、物語全体としても「回収しきれなさ」がテーマとなっており、クライマックスにも「回収しきれなさ」を象徴する出来事が描写されている。 以下の将軍と司祭のやり取りが印象的。 ―「何という民族だ」将軍は言った。「だが、ひょっとするとこんな民族というのは、傷の痛みよりも美しいものにずっと弱いのではないかな」 司祭が笑った。 「何がおかしいんだね?」 司祭はまた笑っただけで、何も答えなかった。―(pp.49) ステレオタイプなイメージに当てはまらない機微を、直観的に見出している将軍と、ステレオタイプにとらわれ、将軍の感じたものが全く理解できない司祭。私はそのように読み取った。 回収しきれないもの。拾いきれないものを見つめ、それを、それでもあえて拾おうとする物語。簡単には拾いきれないものを拾おうとすることこそが、文学の普遍的な役割なのかもしれない。本書を読んで、そう強く感じた。

  • 現在を、現在より先取りした小説?

    この小説を読む前に知っておくと役に立つことが、いくつかある。 『時計仕掛けのオレンジ』の映画と小説の違い セサミストリートのキャラクター ヴァイツゼッカー演説の今日的意義 このうち最後の点が、作家がノーベル文学賞に何度かノミネートされていることと関連するのだろう。 小説は、ある任務を帯びた将軍と従軍牧師の凸凹コンビによる珍道中の物語。 発表直後から何度か映画化されているので、それなりの大衆性を獲得しているのだと思う。 この作品で作家は、小説内の現在と執筆時点の現在をかさねている。 なので冒頭に掲げた事柄を作家が知っていたかは、SF的神話的時間の出来事に属すことになる。

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