世界・海外・国外の文学賞

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ラリッサ・ヴォロホンスカヤ

ラリッサ・ヴォロホンスカヤ

Larissa Volokhonskaya

別名: Лариса Волохонская

プロフィール

性別
女性
生誕
1945-10-01 (レニングラード(現サンクトペテルブルク))
国籍
ロシア
言語
ロシア語, 英語
宗教
正教会
居住地歴
レニングラード(現サンクトペテルブルク) → ウラジオストク、サハリン島、カムチャツカ → イスラエル → アメリカ合衆国 → パリ(フランス)

経歴

職業
文学翻訳家, 数学的言語学者
活動期間
1985年〜
所属
海洋生物学研究所(ウラジオストク)
影響を受けた人物
アレクサンドル・シュメンマン, ジョン・メイエンドルフ, アンリ・ヴォロホンスキー
影響を与えた人物
ハロルド・ブルーム
ノミネート
PEN/ブック・オブ・ザ・マンス・クラブ翻訳賞(3回ノミネート)

学歴

レニングラード州立大学
数学的言語学
卒業年: 1967
国: ソ連
イェール神学部
学位: Master of Divinity
期間: 1977-1979
卒業年: 1981
国: アメリカ合衆国
神学研究
セント・ウラジミール正教会神学大学院
期間: 1979-1981
国: アメリカ合衆国
アレクサンドル・シュメンマン、ジョン・メイエンドルフ教授のもとで学ぶ

受賞歴

PEN/ブック・オブ・ザ・マンス・クラブ翻訳賞
1991
対象作品: カラマーゾフの兄弟
主催: PENアメリカセンター
結果: won
PEN/ブック・オブ・ザ・マンス・クラブ翻訳賞
2002
対象作品: アンナ・カレーニナ
主催: PENアメリカセンター
結果: won
エフィム・エトキンド翻訳賞
2003
対象作品: 白痴
主催: サンクトペテルブルク・ヨーロッパ大学
結果: won

受賞・候補エディション

  1. 受賞作: The Brothers Karamazov

    ドストエフスキーの代表作を英語圏の読者に再提示する翻訳。宗教的・倫理的な論争と家族の葛藤を克明に伝え、原作の哲学的深度と人物描写を英語で再現することを目指す共訳。

    信仰家族倫理心理描写
  2. 受賞作: Anna Karenina

    トルストイの代表作。19世紀ロシア社会を背景に、主人公アンナの情熱的な不倫とそれに伴う破滅を軸に、愛と道徳、家族や社会の規範を多面的に描く大河小説。多数の人物描写を通じて当時の階級構造や人間心理が詳細に掘り下げられる。

    不倫社会家族道徳ロシア文学

作品

代表作

カラマーゾフの兄弟

1880年 長編小説

ドストエフスキーの代表作。兄弟たちの葛藤と信仰の物語。

信仰贖い

アンナ・カレーニナ

1877年 長編小説

トルストイの不倫と社会を描いた作品。

結婚社会

戦争と平和

1869年 長編小説

ナポレオン戦争を背景としたロシア貴族の叙事詩。

戦争平和歴史

白痴

1869年 長編小説

純粋な王子ムィシュキンの悲劇。

純粋社会

全著作

  • カラマーゾフの兄弟
  • 罪と罰
  • 地下室の手記
  • 悪霊
  • 永遠夫
  • 白痴
  • アンナ・カレーニナ
  • 戦争と平和
  • 巨匠とマルガリータ
  • 死せる魂

作家による翻訳

  • アレクサンドル・シュメンマン『世界のための命のために』 (ロシア語訳)
  • ジョン・メイエンドルフ『教父神学入門』 (ロシア語訳)

作風・主題

文体
ロシア語原典の文法・文体を忠実に反映した直訳夫リチャード・ペヴェアールとの分担作業(ヴォロホンスカヤが初稿)

評価・遺産

リチャード・ペヴェアールとの共同でロシア古典文学の英語新訳を確立。ドストエフスキー、トルストイなどで賞賛される一方、直訳の硬さで批判も。オプラの選書で人気に。

大衆文化への影響

  • オプラ・ウィンフリーのブッククラブで『アンナ・カレーニナ』選出により大販売

引用

  • ラリッサがそれを見直し、質問を挙げます。それからもう一度見直します。私は別のバージョンを制作し、彼女が原典と照らして読みます。もう一度見直し、校正で2回読みます。
    出典: インタビュー (2007年)
  • 最初に別々に作業します。ラリッサが原典に忠実な完全なドラフトを作成し、多くの注釈を付けます。それから私が私のドラフトを作り、共同で第3ドラフトを作成します。
    出典: リチャード・ペヴェアール談 (2007年)

豆知識

  • ユダヤ系家庭にレニングラードで生まれるが、正教会神学を修める。
  • 1976年に夫リチャード・ペヴェアールと出会い、1982年結婚。二人の三言語話者である子供がいる。
  • 数学的言語学を専攻後、海洋生物学研究所で働いた後、1973年にイスラエルへ亡命、1975年アメリカへ。