猫の大虐殺
18世紀フランスの事例を手がかりに、民衆文化と権力関係を読み解くエッセイ集。
作品情報
小さな逸話から、社会の深い構造が見えてくる。
猫の虐殺事件をはじめとする事例から、日常のなかに潜む権力と想像力をたどる。
書籍情報
- 出版社
- 岩波書店
- 発売日
- 1986-10-01
- ページ数
- 390ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784000017909
- ISBN-10
- 400001790X
- 価格
- 885 JPY
- カテゴリ
- 本/歴史・地理/世界史/ヨーロッパ史/ヨーロッパ史一般
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レビュー
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18世紀フランスの人々の精神世界
本書は、歴史人類学の手法を用いて、18世紀フランスの人々の精神世界の一端を明らかにしようとするものである。 「農民は民話をとおして告げ口をする――マザー・グースの意味」は、様々な民話を取り上げ、物語全体の構造やモチーフの組み合わせに注目し、他の物語と比較することで、フランス民話の一般的要素を明らかにする。 「労働者の反乱――サン・セヴラン街の猫の大虐殺」は、1730年代後半にパリの印刷工場で徒弟奉公していた労働者の体験記にある、猫の虐殺にまつわる事件を取り上げ、そこから当時の民衆の精神世界を明らかにする。つまり、なぜこのような事件が起きたのか。なぜ猫が選ばれたのか。なぜ猫の殺害が笑いを引き起こしたのか。これらの問題について、当時の祝祭儀式、職人文化、猫のもつ象徴性から考察する。 「作家の身上書類を整理する一警部――フランス文壇の分析」は、警察による1748年から53年までの出版業に関する調査書類を取り上げ、そこから啓蒙の絶頂期における<知識人>のプロフィールと、彼らに対する当時の認識を明らかにする。 「読者がルソーに応える――ロマンティックな多感性の形成」は、ラ・ロシェル(フランス西部の都市)の商人の身上書類を取り上げ、そこから18世紀フランスにおける「読書の歴史」を試みる。 本書は、従来の歴史学では無視されてきた史料を用い、人類学・民俗学に依拠しつつ、「下からの」文化史を描いている。「赤頭巾」を取り上げ、その歴史的背景を明らかにすることで精神分析を批判しているところは、非常に説得力があり、興味深かった。文章も平易で、読みやすく、かつ楽しんで読むことができる。一読を勧めたい。
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十七世紀のフランスの非「動物愛護」的猫殺しは、フランス革命の前哨戦だった!
アメリカ人学者ダーントンは十七世紀フランスの印刷所をつぶさに調べ、ある印刷所の詳細な記録によりつつ、労働条件の悪さに頭にきた職人たちは、オーナーの親方の代わりに、親方夫人などがかわいがる猫からはじまって、町中の猫を始末するという「シャリヴァリ」をやってのけた。ダーントンはこれはフランス革命の前哨戦とも見なせる、といくらかあいまいな結論に至る。細部のエピソードが面白い。またダーントンの親仏嫌独の態度もおもしろい。この著者のアメリカ人は、ちょっとナイーヴすぎるかも。
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TOC
※ダーントンによるアナール学派批判、およびその一面性については、長谷川輝夫「書物の社会史と読書行為」に詳しい。『 書物の秩序 』所収。 農民は民話をとおして告げ口する 労働者の叛乱:サン・セヴラン街の猫の大虐殺 作家の身上書類を整理する一警部 読者がルソーに応える:ロマンティックな多感性の形成
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邦訳2007年版(本書)と、邦訳1986年版と1990年版との違い
原著は全部で6章あり、全訳は1986年版だけです。現在どういうわけか、アマゾンで”猫の大虐殺”で検索すると、1986年版( 猫の大虐殺 )はヒットせず、本書2005年版と1990年版( 猫の大虐殺 (同時代ライブラリー) )だけが表示されます(1986年版を検索するには、”猫の大虐殺 単行本"で検索する必要があります)。収録されている章がそれぞれの版で異なるため、内容に関するレビューは他の方のものを参照していただくこととし、ここでは収録されている章について記載します。 本書は、1986年版の1,2,4,6章が収録されています。訳者あとがきには、3,5章が収録されなかった理由の記載はありません。1990年版は、1,2,6章+1989年の『ニューヨーク・レビュー』(The New York Review of Books)という批評誌に掲載されたエッセイ「フランス革命はなぜ革命的だったのか」が追加されたものです。どうしてこのような構成になったのか、その理由が何も記載されていないのが残念です。 冒頭に7ページ、著者の「第三版への序文」が寄せられていますが、この序文は、英語原著の改訂版の序文の翻訳です。1986年版の序文は割愛されています。第三版への序文は、初版から年数がたってからのものなので、より長期的な研究史視点から本書を位置づけていて、この点は初版の序文よりも有用かも知れません。 英語版の改訂版でも章の構成は同じであるため、邦訳の2007年版と1990年版は、原著の改訂とは関係なく、日本語版のみでの構成である可能性があります。あとがきでこのあたりの事情について言及しておくことが必要だったのではないでしょうか。私は、この辺の事情を知らずに同時代版を購入後抄録であることを知り、再度初版を購入することになっため、各版の構成を整理するためにこのレビューを書いています。 ダーントンの改訂版の序文のみが本書で新しく知ることのできる内容です。改訂版の序文は、歴史学界の全体的な流れの中で本書を位置づけている点で参考になります。著作のエッセンスに触れるには有用であるため、ハードカバーの初版とはまた別の有用性が一応本書にはあります。
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現在とは全く異なる感覚の片鱗を感じられる
歴史について考えるとき、今の常識やモラルで過去をさばく ような愚はおかさなくても、日常的な行為については、無意識に 現在と地続きであるかのように前提してしまいがちだ。 読書という行為や作者というものへの捉え方が現在とは まったく異なるような時代もあったのだとわかる。 猫の虐殺に係る印刷工たちの「世界観」は、話としては わかっても実感としては今ではとても受け入れがたいもの だろう。 本書はオリジナルから4章を抜粋したもの。 4つめのルソーがいかに読まれたかの分析は読書論としても 秀逸で面白い。
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推理小説のようなおもしろさ
中世フランスの社会事情を、史料を使って読み解く。 のだが、この読み方がどうにも個性的で大胆で、どこか推理小説じみてさえいる。 実証学のイメージの強い歴史学とは、ずいぶん趣が異なるが、読み物としてはけっこうおもしろい。 この本にはいくつかの論文がおさめられているが、やはりオススメは表題「猫の大虐殺」だろうか。 なんとも興味をそそられる題名である。 中世のフランスで、いったいなぜ、猫が大虐殺されたのか? さて、それを著者はなんと読む? フランスも中世も過去の常識もそれぞれがわからなすぎて、だからこそのおもしろさがある。 感覚的にタイムスリップできる(そしてとまどいを実感できる)本。
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民衆の歴史学
民族学の方法を歴史学に持ち込もうという歴史家の研究書。マザー・グースやルソーが大衆にどんな風に読まれ,また彼らはどんな日常を送っていたのか。限られた貴重な史料から解き明かされます。