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とるに足りない細部

ナショナル・ブック賞(翻訳文学)

とるに足りない細部

Adania Shibli

1949年8月、ナクバのさなかにネゲブ砂漠で起きたパレスチナ人少女への暴力と殺害を起点に、現代のラマッラーに暮らす女性がその痕跡を追う中篇小説。二つの時代の語りを重ね、記録からこぼれ落ちる声、占領下の移動と恐怖、過去が現在に残す傷を静かな緊張で描く。

ナクバの記憶占領と移動の制限消された声暴力の反復記録と真実

作品情報

ひとつの「細部」から、消された歴史と現在に続く暴力の輪郭が浮かび上がる。

『とるに足りない細部』は、1949年のネゲブ砂漠で起きた凄惨な事件と、数十年後にその記録へ引き寄せられるパレスチナ人女性の旅を対置する。作品は声高に告発するのではなく、身体感覚、地図、検問、匂い、沈黙といった細部を通じて、消された出来事が現在の生活にどのように残り続けるかを描く。短い形式の中に、記憶、暴力、占領、語ることの困難さが凝縮されている。

レビュー要約

  • 大きな政治史を説明するのではなく、ひとつの事件の細部から入植と暴力の痛みを照らす点が評価されている。抑制された描写の積み重ねが、かき消された声の存在を強く意識させる。

  • 読者からは、簡潔な文体と不穏な余韻、二部構成が生む歴史の反復性に強い反応が寄せられている。一方で、暴力の描写や語りの距離感を重く感じる読み手もいる。

  • 批評では、短い作品でありながら倫理的な重みを備え、細部の観察を通して過去の犯罪と現在の占領を結びつける構成が注目されている。淡々とした語りが恐怖をじわじわと増幅させる点も高く評価されている。

書籍情報

出版社
河出書房新社
発売日
2024-08-26
ページ数
168ページ
言語
日本語
サイズ
13.8 x 1.8 x 19.8 cm
ISBN-13
9784309209098
ISBN-10
4309209092
価格
2060 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/文芸作品

1949年8月、ナクバ(大災厄)渦中のパレスチナ/イスラエルで起きたレイプ殺人と、現代でその痕跡を辿るパレスチナ人女性。二つの時代における極限状況下の〈日常〉を抉る傑作中篇。 この作品の「細部」に宿っているものは、私の精神世界を激しく揺さぶり、皮膚の内側を震えさせる。この本の中の言葉の粒子に引き摺り込まれ、永遠に忘れられない体験になり今も私を切り刻んでいる。 ——村田沙耶香氏(作家) かき消された声、かき消された瞬間と共にあるために、この小説は血を流している。 ——西加奈子氏(作家) *2023年、本作はドイツの文学賞であるリベラトゥール賞を受賞。しかし同年10月、イスラエルによるガザへの攻撃が激化するなか、フランクフルト・ブックフェアで開催予定だった授賞式は同賞の主催団体リトプロムによって中止され、ブックフェアは「イスラエル側に完全に連帯する」との声明を出した。この決定に対しては、作家や出版関係者を中心に、世界中から抗議の声が上がっている。

アダニーヤ・シブリー 1974年、パレスチナ生まれ。2009年、39歳以下の有望なアラブ作家39人を選ぶ「ベイルート39」に名を連ねる。23年、本作で独リベラトゥール賞を受賞するも、主催者により授賞式は一方的に中止された。 山本 薫(やまもと・かおる)訳 1968年生まれ。アラブ文学研究者。パレスチナを中心に、文学・音楽・映画の研究・紹介を行う。共編著に『言語文化とコミュニケーション』、訳書にハビービー『悲楽観屋サイードの失踪にまつわる奇妙な出来事』。

レビュー

  • 大量殺戮は「とるに足りない細部」の積み重ね

    亡くなった羽仁五郎がこんなことを書いていた。「ところで、この前の、イスラエルがレバノンに攻め込んだ戦争で、こんなことがあったのだ。イスラエル軍兵士は、つかまえたパレスチナ人を区別するのに、背中に落ちないペンキで〇だか×だかのマークを書いてしまったというのだ。このマークがある限り、標的のようにイスラエル軍の銃口が、彼らの背中をいつもねらっている。印をつけられて、何ものかに脅かされる。」(『君の心が戦争を起こす』光文社 カッパブックス 1982年刊) ほんとに「とるに足りない細部」が、1948年以来積み重ねられている。最近は「精密攻撃」で結果的に「大量破壊」が繰り返されているだけだ。 それにしてもイスラエル建国宣言から1年後、1949年のイスラエル兵によるベドウィンの少女の強姦殺人・死体遺棄が事件として裁判が行われたなんて信じられないんだけど・・・。パレスチナ人が被害者になれる権利を有していたなんて・・・。イスラエル国籍で定住しているベドウィンがいるんだね。ほんとに複雑な国だ。 きっと第2部で殺害された(だろう)彼女は身分詐称や何やかやで、テロリスト扱いで終わりなんでしょう。いやになるくらい日常的な殺人だ。

  • 文字通り「とるに足りない細部」だがこの細部は重い

    パレスチナ人が書いた小説を初めて読んだ。1974年生まれの女性作家。男にはない見方でパレスチナ問題を切り取っていると読んだ。その視点は標題の「取るにたりない細部」である。 物語は一部、二部に分れ、その間に25年の経過がある。一部のイスラエル兵に集団レイプされ殺されたベドウイン少女の死亡日と、二部の女性の語り手の誕生日が同日というだけの「取るにたりない」つながりがある 一部の日付ははっきりしている。1949年8月13日。イスラエル独立戦争の翌年、昨年の戦争で破壊されたキブツの跡地にイスラエル軍が駐屯を始める。任務はエジプトとの国境の策定と付近の安全確保だ。焼けつくネゲブ砂漠をパトロール中に藪の中に動きを発見。掃射後に見たのは死んだ六頭のラクダと黒い衣装の中で震えている少女だけ、男も武器もなかった。ベドウインの少女がラクダを連れ散歩していたのだったが、パトロール隊は少女を連行する。 一部の語り手は駐屯軍の隊長、建国の理想に心酔する男である。士官は言う。この地に代々住むベドウインは植物を植えることを知らず、羊やラクダを連れて草の根まで食べさせて土地を荒らし、後は移動するだけだった。我々はこの約束の地に家を建て、井戸を掘り砂漠を農地や牧場に変える。やがて工場や商店を呼び込んで繁栄するだろう。その前衛として我々がいるのだと。だが彼を悩ませているのは就寝中に腿を噛んだ毒蜘蛛だ。傷跡が悪化し化膿するだけでなく幻覚症状まで与えるが、衛生兵にも告げずに夢中で小屋の蜘蛛を殺し廻る。彼にとっては蜘蛛もベドウインも排除すべき生きものだと読める。任務は完全に遂行されねばならない。 連行した少女は、アラブ人が逆襲に来る迄にベドウインの部落に戻すか、指令本部に連れて行くべきと考える。だが泣きわめくだけの、垢と悪臭まみれの獣じみた娘を、太陽が照りつける広場に連れ出し、服を脱がせ、体を洗わせ、膨らみかけた乳房や陰部を見物の兵に晒している間に、兵士の間に隠微な雰囲気が満ちてくるの隊長は知る。 その夜、兵営建設と付近の掃討という初期の任務完了を祝うパーティーが開かれワインが配られる。ほろ酔い気分で士官が提案する。「今日捕らえた少女を飯炊き女として使うか、慰めものにするか」と。兵士は沸き立つ。隊長は明日の朝までは接触厳禁と命令して、少女を自分の小屋に連れて犯した後、三日間兵士に与える。その後少女を撃ち、基地からほど遠くない砂漠に予め用意した穴に埋める。本部には完全隠蔽。兵士には「極く些細な気晴らし」を与えたのだ。 それから25年後、ガザ地区で働く知的女性が語り手となる。ガザに住むことはイスラエルが決めた日常の細かな定めに無条件に従うこと。一歩でも踏み外せば危険極まりない。例えばある日イスラエル兵が職場に隣接するビルを爆破する。そこに隠れる三人の若者を吹き飛ばすために。隣人の対処は窓硝子が割れるのを防ぐため予め窓を開けて置くことのみ。部屋中が埃だらけになる間に若者は殺される。 しかし禁止されると「愚かさの余り」にやってしまうことがある、と語り手は書く。 ある日、語り手は25年前のベドウイン少女レイプ虐殺事件を歴史の一頁として回顧したイスラエル記者の記事を読む。少女が殺された日付、1949年8月13日が自分の誕生日と同じと知って記者に連絡を取る。当惑気味の彼から現場付近の記念館などを聞き出す。レイプや虐殺はこの国では日常茶飯事に起きる「取るにたりない細部」に過ぎない。何故これほどまでに血が騒ぐのか彼女自身にも解らない。 ガザに住む友人に頼んで通行証を借りる。写真は16歳当時のままだが検問で本人かどうかなど判りっこないと言われる。男友達に頼んでレンタカーを借り、搭乗者に名前を追加してもらう。準備が整う。 自宅からいつもは左に曲がる道を右に曲がる。この道は何年ぶりだろう。最初の検問所を無事に通り抜け、次の検問所も通り抜けると恐怖感も収まってくるが、今度は道が判らない。昔知っていた道路は新たに出来た高速道路や入植地のアパート群に遮られて進みようがなく、この地の変わりように驚く。新しい地図とイスラエル建国前の地図を見比べつつ進むとやがてそれらしき場所へ。博物館の管理人は親切で、昔井戸に投げ込まれたベドウイン人の少女の死体を見たと話す。アラブ人は部落の少女の行動が怪しいと疑うと井戸に投げ込むことがあると、史実と逆転する話になっている。[戦勝]博物館に見るべきものはない。帰路, 見かけた古い建物の残骸に目が引かれる。少女が立っていたような気がする。午後も遅い。今日は泊まろうと決める。キブツの端で70代の老婆を乗せる。少女が生きていたらこの年頃だろうが無言。降ろした後で事件を聞なかったことを悔やみ追いかけるが見失う。真実に近づけない。 翌朝、昨日見かけた廃墟に向かい近くで車を降りる。二軒の残骸が、当時司令官が住んだものと少女がレイプされた小屋に似ていると感じ、さらに近づくが「そこを動くな」の声で我に返る。知らずに軍事施設の中に入り込んでいたのだ。銃口が狙っているのが判る。何気なくポケットに手を入れた瞬間、手と胸に「鋭い炎のような何かが走る」ここで物語は終わる。 作者の希望は余計な想念を働かせずに物語として読んでほしいというものだ。ストーリーはその通りに登場人物の内面に入り込むのを避け、出来事を淡々と述べる。しかし読者は、抑制された文章とオープンエンディングで、小説の中に込められた、一人は字も読めないベドウイン女性ともう一人は作者を想定させる知識人女性との、明らかに属性が異なるにもかかわらず、「他者化」された女性だけにしか感じずにいられない、圧倒的な弱者としての性の連鎖を知らされることになる。イスラエル兵によるその「他者化」は男尊女卑のイスラム社会を越える。射殺された女性は軍隊の名誉を保つために人知れず埋葬されるのだろう。二人に名前がないように「取るにたりない細部として」。だがその些細な細部は限りなく重い。

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