ナショナル・ブック賞(翻訳文学) なしょなるぶっくしょう(ほんやくぶんがく)
Edition 3 (2020)
Winners
10 people福島県相馬郡に生まれた労働者カズは、東京オリンピックを前に上京し、上野で働き、やがて上野公園の片隅で暮らすようになる。死後も駅と公園をさまよう彼の記憶を通して、家族の喪失、貧困、災害、天皇制と都市の繁栄の影が静かに重ねられていく。
上野駅の雑踏に残されたひとりの死者の声が、日本の戦後と見えない貧困を照らし出す。
作家・脚本家。都市周縁や社会的疎外を主題に描く作品で知られる。
大西洋の石油掘削プラットフォームで働くヴァツワフは、同僚で親友のマーチャーシュを嵐の夜に失う。喪失に押し出されるように、モロッコ、ハンガリー、マルタ、イタリア、そして故郷のドイツへと移動しながら、彼は労働、記憶、男性同士の親密さ、自分の人生へ戻ることの難しさに向き合っていく。
海の上で友を失った男が、移動の果てに自分の生の輪郭を探し直す、静かで痛切な旅の小説。
海外で暮らす祖父が、半年ごとにスウェーデンへ戻り、成人した子どもたちの生活に入り込む。息子は父との古い取り決めを終わらせたいと思い、娘は自分の人生の岐路に立たされる。家族を縛る暗黙の契約と、親子が互いに背負わせてきた傷を、軽妙さと痛みを交えて描く小説。
家族を続けることは、過去に縛られることなのか、それともそこから別の関係を作り直すことなのか。
コロンビア太平洋岸の海と密林に挟まれた寒村で、子を持てないまま中年に差しかかったダマリスは、母を失った子犬を引き取り、娘のように愛しはじめる。孤独、母性への渇望、夫婦の冷えた関係、過酷な自然が絡み合い、愛情はしだいに執着と暴力を帯びていく。
一匹の雌犬に注がれる過剰な愛が、孤独と喪失の奥に潜む暴力をあらわにする、濃密なトロピカル・ゴシック。
1949年8月、ナクバのさなかにネゲブ砂漠で起きたパレスチナ人少女への暴力と殺害を起点に、現代のラマッラーに暮らす女性がその痕跡を追う中篇小説。二つの時代の語りを重ね、記録からこぼれ落ちる声、占領下の移動と恐怖、過去が現在に残す傷を静かな緊張で描く。
ひとつの「細部」から、消された歴史と現在に続く暴力の輪郭が浮かび上がる。
一九七九年のイラン・イスラム革命後、テヘランの家を焼かれた一家は、知的な自由と命を守るため北部の村ラーザーンへ逃れる。十三歳で命を落とした末娘バハールのまなざしが、生者と死者、民話と政治的暴力が交錯する一家の喪失を語る。
スモモの木の上で母が啓示を受けた瞬間、一家の悲劇は歴史と神話の境目で語り直される。
ソウル郊外で夫と幼い娘と暮らすキム・ジヨンが、ある日から母や友人など別の女性の声で話しはじめる。精神科医の記録という形式で誕生、学校、就職、結婚、育児をたどり、平凡な人生の中に積み重なる性差別と沈黙を描く小説。
一人の女性の半生を通して、日常に埋め込まれた差別が静かに輪郭を現す。
タミル・ナードゥの農村で、見知らぬ巨人めいた男から弱々しい黒い子山羊を託された老夫婦が、その山羊プーナーチを育てていく物語。山羊の感覚を通して、干ばつや飢え、家畜をめぐる行政、カーストや色をめぐる序列が、牧歌的な日々の背後にひそむ不穏さとして浮かび上がる。
小さな黒山羊の一生が、弱きものを守るはずの世界の冷たさと、そこに残る愛情の瞬間を映し出す。
メキシコ湾岸の架空の村ラ・マトサで、〈魔女〉と呼ばれる女性の死体が用水路から見つかる。噂、貧困、暴力、ミソジニーが渦を巻く村で、複数の語りが殺人の周辺にいた人びとの孤独と加害の連鎖を浮かび上がらせる長篇小説。
〈魔女〉の死をめぐる噂が、村に沈んでいた暴力の根をあらわにしていく。
アテナ神話を現代スウェーデンに移し替えた短い長編。父コンラッドの頭から十二歳の少女アンナが生まれ、父は精神病院へ、アンナは里親の家へ送られる。信仰共同体、言語、孤独、父への希求が重なり、現実から切り離されていく少女の内面を、神話的な設定と研ぎ澄まされた心理描写で描く。
神話として生まれた少女の孤独が、現代の家族と精神医療の風景の中で痛切に響く。